原発と民主主義

vol.15

阿川 尚之 氏

慶應義塾大学総合政策学部教授

阿川 尚之 氏

慶應義塾大学法学部中退、米国ジョージタウン大学外交学部、ならびに同大学ロースクール卒業。
ソニー株式会社、日米の法律事務所を経て、1999年から現職。
2002~2005年、在米日本大使館公使(広報文化担当)。
2007~2009年、慶應義塾大学総合政策学部長。
2009~2013年、慶應義塾常任理事。
主たる著書に『アメリカン・ロイヤーの誕生』(中公新書)『海の友情』(中公新書)『憲法で読むアメリカ史(全)』(ちくま学芸文庫)など。

福島第一原子力発電所の事故は、原発反対派を勢いづけた。彼らの影響力も増した。
各種世論調査によれば、再稼働に反対する人が一貫して多数を占める。
背景には原発事故が現実に起きた、生々しい衝撃の記憶がある。

原発をめぐる議論は複雑で専門的である。
私は原発を維持稼働すべきだと考えるが、確信があるわけではない。
大概の人はそうだろう。
であればこの問題は十分専門家の意見を聴き、議論を尽くしたうえで、
手続きにしたがい民主的に決定するしかない。
ただしその際、理解しておくべきことが、いくつかある。

第一に、どんなに安全性が増しても、原発事故は再び起きる可能性があること。
重大事故のたびに責任者は、「このような事故を二度と起こさない」と決意を述べるが、
一度起きたことはまた起きる。
その前提を崩してはいけない。

その点事故の前、電力会社の前提は間違っていた。
私自身トップの一人から、日本では原発事故は決して起こらないと直接聞かされた。
しかし事故は起きた。
人の営みにはすべてリスクがある。
日本では交通事故で二時間に一人死んでいる。
それでもリスクを上回る便益が得られるし、官民の努力でこの四半世紀、
死者の数が約四分の一までに減ったから、自動車を利用する。
廃止の議論はない。

原発も同じだ。
原発再稼働の議論の争点は、絶対の安全が保証されるかではなく、
事故のリスクをどこまで極小化できるか、被害をどれだけ最小にできるか、
リスクとコストを上回る便益があるか。
それに尽きると思う。

第二に日本が原発をやめても、事故の脅威はなくならないこと。
新興国はこれから原発を多数建設する。
中国沿海部の原発で深刻な事故があれば、影響は日本にも及ぶだろう。
核拡散の恐れもある。
しかも原発技術を失えば、日本は新興国での事故対応と核拡散防止に貢献できない。
日本だけ原発をやめるのは解決にならない。
事故が起きたからこそ、原発の安全性を高め事故対応の技術と体制を
さらに進化させるのが、責務だろう。
それは世界の安全保障上も重要なことである。

二十世紀前半に活躍した有名なオリバー・ウェンデル・ホームズ合衆国最高裁判事は、
「人生は実験であり、我々は常に不完全な知識に基づく予測に頼って、
ものごとを決めて行かねばならない」と述べた。
この言葉は原発の安全性にもあてはまるし、民主的な決定の本質でもある。
科学や技術を過信せず、原子力を過度に恐れず、決定の不完全性をも認識しながら、
謙虚に慎重に前へ進む。再稼働は、その第一歩だと思う。

2014年11月1日寄稿