FOCUS

2016.9

より高いレベルの安全確保へ原子力発電所の検査制度が見直されます

原子力発電所では、建設から運転開始以降の各段階において、安全性を確保するための様々な検査が行われています。
今年1月、国際原子力機関( IAEA)の調査チームが来日し、日本の原子力規制の取り組みに関する評価が実施されました。この中で見直しが必要とされた項目の一つが、原子力発電所の検査制度です。これを受けて、原子力規制委員会では、専門家を交えた検討チームを設置し、より高い安全水準の実現に向けて、原子力事業者(電力9社、日本原子力発電、電源開発)が自主的かつ継続的に安全性の向上に取り組むことができるよう、検査制度の見直しについて検討を進めています。

より実効性の高い検査制度に向けた検討が進められています

原子力発電所では、規制機関の検査・審査と、事業者による各種の検査を相乗的に実施することで、安全性の確保に万全を期してきました。
この現在の検査制度に対して、IAEAからは、「事業者と規制機関で二重のチェック体制が敷かれており、責任の所在が不明確になっている」などの課題が指摘されました。
このため、原子力規制委員会の検討チームでは、今年の5月から検査制度をより実効性の高い仕組みとしていくための議論を始めました。検討中の検査制度では、事業者を検査の実施主体とすることで責任を明確にし、検査の重複を解消することが柱になります(図1参照)。
さらに、事業者の取り組みを、規制機関が時期や場所を限定せずにチェックできる「フリーアクセス」を導入します。これにより、事業者が安全上重要な作業を適切に実施したかを、規制機関が確実に確認できる仕組みに見直していくこともポイントになります。
新制度の運用にあたっては、運転実績データなどの客観的な指標を活用し、規制機関と事業者が、ともに安全上の重要性を認識した上で、社会に開かれた形で実施していくことが重要です。
そのため、先行事例である米国の検査制度を参考にしながら見直しが進められています。

米国では安全性の重要度、発電所の実態に即した検査・運営が行われています

米国では2000年の「原子炉監視プロセス(ROP)」導入を契機に、米国原子力規制委員会(NRC)の検査・監視制度の見直しが行われました。
ROPでは、安全上重要な観点について7つの基本分野※に分類したうえで、分野ごとに「発電所の安全実績指標(運転実績のデータ等)による評価結果」と、「発電所内を規制機関が実際に検査した結果」について、重要度を評価します(図2、3参照)。それぞれの評価結果を総合的に判断し、規制機関による対応が決定されます。
安全性が著しく低下した分野については追加の検査などが課される一方、軽微な不具合などは事業者の自主的な改善に任せるといったように、規制機関が安全上重要な事項の確認に集中できることがROPの特徴です。この結果、事業者の保安活動の進展度合いや適切さを反映した、発電所の実態に即した検査が実施されています。

※7つの基本分野
異常の発生防止・異常の拡大防止・重大事故防止・緊急時対策・公衆被ばく・作業者被ばく・核物質防護

事業者として主体的な保安活動の充実に取り組みます

私ども原子力事業者は、新しい検査制度の導入は、安全に関する重要度の実態に応じて発電所の規制、運用が行われることにつながり、原子力発電所の安全性を効果的に高めていくものと考えています。
一方、検査制度の見直しはこれまでの規制体系から大きな変更を伴うものであり、円滑な導入のためには、試験運用によるデータ収集、検証結果の反映、新たな制度の段階的導入や継続的改善が必要と考えます。
原子力事業者としては、引き続き、新しい検査制度の構築・導入に積極的に協力してまいります。さらに、安全や品質上の課題を事業者が自主的に改善するなど主体的な保安活動を一層充実させることで、原子力発電所の安全性の継続的な向上に取り組んでまいります。

原子力関連訴訟を巡る海外動向

海外電力調査会 調査部門
調査第一部 上席研究員
黒田 雄二

国内で稼働中だった原子力発電所が2015年4月、民事訴訟の仮処分申請により、地方裁判所から運転差止の決定を受けた。これは我が国において運転差止仮処分が認められた初めての事例であった。この決定についてはその後、異議が認められたが、同様の仮処分決定を今度は別の地裁から受けたため、発電所は現在も停止している。
このような原子力発電所の運転差止訴訟が海外ではどうなっているかを調べてみた。欧米中心で調査には一定の限界があるが、世界の多くの国での訴訟はほとんどが行政訴訟によるもので、民事訴訟の事例は、我が国と韓国以外では見つからなかった。

この背景について、京都大学の高木光教授は「自治研究第91巻第十号」(2015年)において、おおよそ次のように述べている。

ドイツ
操業停止の民事訴訟は法律により明示的に排除されている(法制度上、民事訴訟が提起できない)。

フランス
「司法裁判所は、行政の許可に矛盾する措置を命じることはできない」という判例法理※がある。民事訴訟による差止は、妨害(発電所の操業により住民の生活環境が著しく悪化するなどのケース)を低減させる措置を命じるのが限界であり、操業停止や閉鎖をすることはできない(中略)。
※裁判所が示した判断を蓄積し、形作られた考え方

米国
原子力発電所の安全性については、行政機関が規制法の中で判断する(原子力発電所の安全性に関わる判断は、米国原子力規制委員会= NRC =の専決事項と定められており、民事で差止訴訟を提起したとしても裁判所は受け付けない)。

高木教授はその上で、行政と民事の運転差止訴訟が無条件に併存している我が国の現状は、世界的に見て異例と言えそう、と説明している。
このような欧米の状況に対し、韓国では運転差止仮処分が申請された例がある。

韓国
釜山市の弁護士会は2011年4月、古里発電所1号機の稼働停止を求める仮処分申請を地裁に申し立てた。その後、同地裁は「放射能災害を起こす具体的な根拠がなく、運転停止を求める法的権利がない」として仮処分申請を棄却したが、韓国でこうした事例が見られるのは、同国の民事訴訟法が日本の統治下時代に制定されたもので、我が国の法体系と似ているためと考えられる。

以上のとおり、民事訴訟において原子力発電の安全性を裁判官が判断するという司法制度は国際的に見ても少ないようだ。