• 立命館大学
    准教授
  • 開沼 博氏Hiroshi Kainuma
SPECIAL
ISSUE

2017.03

特別インタビュー:知ってほしい福島の本当の姿

福島県いわき市出身で、地域の再生や福島第一原子力発電所の廃炉など、福島の問題を独自の視点で追い続けている社会学者の開沼博・立命館大学准教授に、福島の現状と今後について聞きました。

全国につながる「課題先進地域・ふくしま」の姿

震災から6年、地震や津波で破壊されたインフラや居住環境などハード面の整備は進んできたと感じますが、高齢者の孤立化などソフト面の復興はまだ厳しい状況にあります。ただし、少子・高齢化や人口流出などは、福島に限らず日本各地で震災以前から顕在化していました。これが震災を契機に一気に突き付けられたもので、災害による特殊な事象ではないとの見方も重要です。
つまり、福島は日本の中の「課題先進地域」であり、地方がいま抱えている問題、今後直面するであろう課題を、先取りしているのです。医療過疎の問題が進んだときに地域社会がどのように支えていくのかなど、全国に共通する課題はたくさんあります。福島の問題を遠い対岸の火事ではなく、皆さんの足元と同じ問題として捉えてほしいと思っています。

事実を置き去りに意見が飛び交う社会

一方で、福島ならではの問題として、いわゆる風評の影響があります。風評被害には、農林水産業や観光業を中心とした経済的な損失と、いじめのような偏見・差別の問題があります。避難先での子どもへのいじめは震災直後からあり、一部表面化したことを発端に実施された調査により他の地域でも発覚したもの。学校での道徳教育といった対策が考えられたようですが、子どもだけの問題ではなく、まずは大人が福島のことを正しく理解することが必要です。
イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ政権誕生に象徴されるように、事実は二の次で不安や恐怖に煽られて社会や世論が動くという世界的な風潮は、3.11以降、福島がずっと向き合ってきた問題です。インターネットでは、廃炉作業の現場で爆発がまた起こっているといった嘘が、あたかも事実であるかのようにニュース化されている。そして、「こうである」という事実が理解されないまま、「こうであるべき」という意見がたくさん飛び交っていて、その議論は、いかに公平に見るかという「フェアネス」ではなく、自分は正義の側だと感じられるかという「ジャスティス」の論調で語られてしまっています。

福島を理解するためにできること

大切なのは「理解すること」とはいえ、福島を理解するのは簡単ではない、特に福島から離れた地域の人が知ることは大変難しいでしょう。そこに、理解してもらうためのツールを用意していくのは、私たち専門家やマスメディアの役割だと思っています。事実を伝えることからすべては始まる、そのために私は専門家として、難しいことを翻訳してわかりやすく伝えたいと思っています。マスメディアにも、事実を伝えることに加えて、専門家も含めて議論のテーマ設定をすることなど、これまで以上にできることがあると期待しています。
例えば、避難指示が解除された地域について、戻ったのは高齢者ばかりといった単純化された話題になりがちですが、それは問題の1つにしか過ぎない。実際には仕事を見つけて地元に戻った若い人もいるし、廃炉や除染の仕事で地元に住み始めた「新住民」と呼ばれる人たちもいる。一方で避難先で子どもが進学したために二拠点生活を送る人など、個々の事情は様々です。それぞれの人が抱える問題は何なのか実態を整理し、本当に考えるべき課題を提示して解決策を議論することで、改善できることはたくさんあると思います。
ただ、知識がなくても日常の中で福島に関わることは可能で、その方法が、福島のものを「買う」、観光などで福島に「行く」、ボランティアも含めて福島で「働く」という3つです。

地域・社会全体で廃炉や復興を推進

廃炉のことは現場に行ってみなければ分からないことが多く、昨年は何度も足を運びました。2013年に初めて訪れた時に比べて現場は非常に整理されてきているし、汚染水の問題も改善されてきており、本格的な廃炉作業に取りかかる準備が整ってきたと感じています。所員が執務する新事務本館もでき、1日約6千人が働く現場の労働環境も整備されています。現場を見て強く感じたのは、技術面に焦点が当たっていた事故後の処理や廃炉の問題が、今後作業を進める上で必要な社会との合意形成、コミュニケーションといった技術以外の部分に広がってきたという点です。
特に、廃炉は発電所の中だけで完結する話ではありません。当事者である事業者はもちろん、色々な人が協力し合ってやっていかなければいけない。すでに、ロボットなどの廃炉に関する技術開発施設が楢葉町にできているように、様々な知恵を持った人材や研究資源を集めて廃炉を進める、こうした外部や地域社会を巻き込んだ取り組みが不可欠ですし、世間もそのように廃炉をイメージできるようにしなければいけないと考えています。
沿岸部の浜通り地域では現在、廃炉やロボット技術に加え、エネルギーや農林水産業のプロジェクトなど、新たな研究・産業拠点として地域の再生を目指す「イノベーション・コースト(福島・国際研究産業都市)構想」が進んでおり注目しています。
廃炉や復興の為に投じられた費用を投資として付加価値をつけて次に活かしていくことが重要で、例えば、廃炉用に開発したロボットが災害救助や介護など他分野でも役立つことが期待されます。今後は、投資を一過性のもので終わらせることなく、日本の最先端の技術者や資源、情報が継続的に集まって来る場所にできるのか、本当にイノベーションが起きる地域に変えていけのるかが問われるのだと思います。

PROFILE

1984年福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒、同大学院学際情報学府博士課程在籍。専攻は社会学。16年4月から立命館大学衣笠総合研究機構准教授。「はじめての福島学」「福島第一原発廃炉図鑑」など著書多数。学術誌のほか、雑誌などの媒体にルポ・評論・書評などを執筆。