• 東京大学
    公共政策大学院
    教授
  • 有馬 純氏Jun Arima
VOICE

2016.7

温暖化防止を目指すなら原子力から目を背けるな

昨年12月にパリ協定が合意され、全ての国が温暖化防止に取り組む国際的枠組みが成立した。パリ協定の要諦は自国の目標のプレッジと進捗報告及び事後レビューであり、目標レベルとその達成方法は各国に委ねられる。
日本の2013年比26%削減目標は省エネ、原子力、再エネいずれの面でも最大限の努力を必要とする野心的なものだが、中でも最も重要なのは発電電力量の20ー22%のシェアを期待される原子力だ。原子力再稼働と運転期間の延長によって化石燃料の輸入コストを節減し、再生可能エネルギー拡大によるコスト増を吸収し、全体として電力コストを引き下げる設計になっているからだ。換言すれば原子力の着実な再稼働・運転期間の延長がなければ再エネの導入拡大もかなわない。
日本において多数の石炭火力の新設プロジェクトが存在することへの懸念の声が聞かれる。しかし、石炭火力新設プロジェクトは、原子力再稼働が進まない場合、それに代わる安価なベースロード電源が必要との事情によるものだ。再稼働が着実に進めばその相当部分は不要となる。
温暖化対策推進計画には2050年80%減という長期目標も盛り込まれた。この数字の妥当性には強い疑問を感ずるが、長期的に大幅削減を目指すならば、原発新増設の議論も必要となろう。
他方、原子力をめぐる足元の状況は厳しい。世論調査では再稼働に消極的な意見が依然として多い。原子力に反対する人々は各地で運転差し止め訴訟を相次いで起こしている。「電力は足りているのに、なぜ原子力再稼働が必要なのか」ということなのであろう。そこには「原発停止によって化石燃料輸入・消費が増大し、エネルギー安全保障、温室効果ガス削減という2つの目標がいずれも損なわれている」との視点は微塵もない。「再生可能エネルギーで原子力を代替すればよい」との議論があるが、再生可能エネルギーには間欠性があることを含め、技術的、経済的フィージビリティを無視した乱暴な主張と言わざるを得ない。日本にとって重要なのは「原子力か再生可能エネルギーか」ではなく、「原子力も再生可能エネルギーも」である。
経済成長と温暖化防止の両立を真剣に考えるならば、原子力オプションから目を背けてはならない。

PROFILE

1982年東京大学経済学部卒、同年通商産業省(現経済産業省)入省。経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部参事官、国際エネルギー機関(IEA)国別審査課長、資源エネルギー庁国際課長、同参事官等を経て2008~2011年、大臣官房審議官地球環境問題担当。COPに過去12回参加。2011~2015年、日本貿易振興機構(JETRO)ロンドン事務所長兼地球環境問題特別調査員。2015年8月東京大学公共政策大学院教授。21世紀政策研究所研究主幹、国際環境経済研究所主任研究員、アジア太平洋研究所上席研究員。著書「私的京都議定書始末記」(2014年10月国際環境経済研究所)、「地球温暖化交渉の真実 ― 国益をかけた経済戦争 ― 」(2015年9月中央公論新社)