4. 原子力開発動向

福島事故で脱原子力に回帰

ドイツでは石油危機を契機に原子力開発が進められてきた。しかし、1986年のチェルノブイリ事故後、反対運動が活発化し、社会民主党(SPD)は原子力反対に転じた。

1998年にはシュレーダー首相率いるSPDと緑の党による連立政権が成立し、脱原子力政策を打ち出した。同政権は2000年に原子力発電所を段階的に閉鎖することで電力会社と合意したのに続き、2002年には原子力法を改正し、32年間運転するものとして割り当てられた発電量が上限に達した発電所から順次、閉鎖されることになった。

2005年には、これまで野党であったキリスト教民主社会同盟(CDU・CSU)と社民党との大連立のメルケル政権が誕生したが、政権内の勢力が拮抗していたため、脱原子力政策に大きな変更は加えられなかった。

続く2009年10月には第二次メルケル政権が誕生し、CDU・CSUは社民党との連立を解消して自民党(FDP)と新たな連立政権を樹立した。同政権はこのまま脱原子力政策を進めた場合、早ければ2012年にも電力供給力不足になるとの需給想定を踏まえて、脱原子力政策の見直しに踏み切った。2010年10月には、脱原子力見直し政策を反映した原子力法の改正など一連の法案が連邦下院で採択され、32年とされていた原子力発電所の運転期間は平均で12年延長されることになった。

しかし、2011年3月に発生した福島第一原子力発電所の事故を受けて、メルケル政権は脱原子力に回帰した。政府は直ちに最も古い原子炉7基と故障で停止中の1基を3か月間停止するよう指示したのに続いて、同年7月には一時停止中の8基の再稼働を禁止するとともに、運転中の9基も2022 年までに段階的に閉鎖することを決めた。

一時停止指示については、これらの原子力発電所を所有・運転する電力会社が、法的根拠の妥当性について政府を提訴し、2014年には行政裁判所が指示の違法性を認める判決を下した。また、再稼働の禁止および2022年までの脱原子力についても、電力会社は財産権の侵害に当たるとして、その補償を求めて連邦憲法裁判所に提訴していた。電力会社は、2010年に認められた運転期間の延長が福島事故後取り消されたのも違憲として、平均12年の延長分も含めた総額190億ユーロを補償すべきと主張した。しかし、連邦憲法裁判所は運転期間延長の取り消しについては合憲とし、2002年に定められた残存発電電力量を確保できなくなった発電所のみ、補償の対象とした。2002年に定められた残存発電電力量から割出される閉鎖時期と、福島事故後定められた閉鎖時期には大きな違いがなかったため、補償は電力会社の要求を大きく下回る額となった。
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