- 東京海洋大学
産学・地域連携推進機構 准教授 - 勝川 俊雄Toshio Katsukawa
2021.06
客観的事実に基づいた議論のために
「知りたい人」に届く情報発信が必要
水産学者の立場から、科学的な資源管理による持続可能な漁業の実現を目指す勝川俊雄先生。ALPS(アルプス)処理水についても積極的に情報発信し、科学的・構造的に問題を捉え、議論する大切さを訴えています。
今年4月、Yahoo!ニュースに「基礎からわかる『トリチウム排出問題』」※と題する記事を寄稿しました。残念ながら、ALPS処理水放出による水産物の風評影響をゼロにはできません。生理的に嫌だという方はどうしても一定数いらっしゃいます。しかし、なんとなく不安を感じている人は減らせると考えて、トリチウムについて情報発信しました。
一般の方々の多くは、トリチウムについて聞いたことがなく、何か未知の物質が大量に海に放出されるというイメージを持っています。こういう状況で、「安全だから認めてほしい」と訴えても、合意を得るのは簡単ではありません。トリチウムに関する基礎的な情報を理解した上で、自分の頭で判断ができる人を増やすことが必要です。
当事者である福島地域以外の一般消費者は、ALPS処理水やトリチウムについてほとんど知りません。トリチウムは自然界に大量に存在し、我々人間の体内にもあるということなど、基本的なことも知らない人がほとんどです。そこで、前提知識がなくても理解ができるように、初歩的なところから、丁寧に説明することを心がけました。その結果、「今までこういう網羅的な情報は見たことがなかった」という反響が多くありました。科学的な知見に基づいて、丁寧に情報発信をして、人々の知識を底上げして、議論のレベルを上げていかなくてはなりません。
情報発信のターゲットを絞り込むことも重要です。「とにかく反対だ」という結論が決まっていて、聞く耳を持っていない人には、どのような情報も届きません。判断するのに十分な情報を持っておらず、「よくわからないけれど、なんとなく不安だ」という人をターゲットにしました。
福島の水産関係者とお話をすると、この問題に対する知識や理解度は他地域に比べて圧倒的に高いと感じます。頭ごなしに反対している方は少なくて、自分たちに相談なく決められることに納得できない、というわだかまりが大きいようです。方針決定までの社会的な合意形成のプロセスを改善することで、摩擦を減らせるのではないかと思っています。
上から正しいやり方を押しつける、という今までのやり方では、国民の納得が得られなくなってきました。政府や専門家は、自分たちだけであらかじめ決めた結論を受け入れるように説得するのではなく、“考える材料”となる情報を提供した上で、当事者と一緒に出口を探すことが求められています。一方、国民の側にも、政府や専門家に判断を丸投げせず、責任を持って議論に参加して、その結果に責任を負うことが求められます。
(2021年5月14日インタビュー)
PROFILE
1972年東京都生まれ。東京大学農学生命科学研究科で博士号取得。専門は水産資源学。主な研究テーマは、個体群生態学、不確実な情報に基づくリスク管理など。日本水産学会の論文賞、奨励賞を受賞。資源管理を理論的に研究する立場から、日本の漁業を持続可能な産業として再生するために発言を続ける。