• 日本エネルギー経済研究所
    主任研究員
  • 下郡 けいKei Shimogori
VOICE

2022.01

国ごとの違い、
再エネの課題など抱えつつも
欧州の脱炭素化方針は揺らがず

気候変動対策の流れを牽引する欧州。国ごとの意見の対立や、天然ガス価格の高騰といった課題もみられますが、そのスタンスに変化はあるのでしょうか。欧州のエネルギー情勢に詳しい下郡けいさんに伺いました。

欧州は気候変動対策に積極的というイメージがありますが、その通りに再生可能エネルギーが非常に増えています。EU域内の発電電力量に占める再エネの割合(水力含む)は、2000年の15.5%から2019年には34%へ2倍以上に拡大しました。特に増えているのは洋上・陸上の風力発電です。

さらにEUレベルでは「温室効果ガスを2030年までに1990年比で55%削減、2050年までに正味ゼロ」という野心的な目標を公表。2021年には55%削減を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」を提案するなど、目標達成に向けた取り組みの具体化を加速しています。

具体化のための枠組みの一つが、持続可能な事業分類(EUタクソノミー)であり、その中に原子力と天然ガスを含めるかどうかが大きな論点となっています。EU全体で脱炭素化の方向性は共有されていますが、加盟国ごとに状況や政策は異なります。例えばドイツは脱原子力・脱石炭をやり遂げる考えですが、一方でフランスや東欧諸国などは原子力推進を明確にしています。東欧は石炭産出国が多く、一朝一夕に化石燃料の利用をやめてしまうわけにはいきません。石炭から天然ガスへの移行、さらに水素利用を進めつつ、並行して原子力利用も拡大し、段階的に脱炭素化を図る方針です。

このほか最近の情勢として、天然ガス価格が世界的に高騰しています。欧州では背景として、経済回復や脱炭素化の移行期で天然ガス需要が増えていることなどがありますが、それに加えて、この夏の風力の発電量が低く不足分を火力で補ったため、天然ガスの在庫が減った状態で需要期の冬を迎えてしまった影響もあります。お天気任せの再エネのデメリットが表れた形ですが、それによってEUの方針が揺らいではいません。高騰は一時的と考え、短期的な所得補助や減税を行いつつ、中長期的には蓄電池や水素利用の開発・投資を進め、さらに再エネを拡大していこうとしています。

欧州が脱炭素化の取り組みを進める中で、日本も負けないように水素利用の実用化などの取り組みを強化する必要があると思います。また、投資規制などの面で欧州主導のルールを押し付けられることも避けなければいけません。アジア諸国で求められる経済成長と脱炭素化の両立など、脱炭素化の道筋にも多様性が必要だということを、日本がイニシアチブをとって主張してほしいと思います。

(2021年12月24日インタビュー)

インタビュー後に欧州委員会からタクソノミーに含める草案が示されました(次項参照)。

PROFILE

2012年東京大学公共政策大学院修了、日本エネルギー経済研究所入所。戦略研究ユニット原子力グループを経て、2018年より同国際情勢分析第1グループ。専門分野はエネルギー政策(欧州地域)、原子力政策。

気候変動対応に向け、原子力活用機運高まる

欧州連合(EU)の欧州委員会は、持続可能な事業分類(EUタクソノミー)に原子力を追加する法令の草案を加盟国に提示しました。各国や専門家らの意見をまとめ、正式に採択する方針です。原子力事業に関する資金調達や原子力に対する世論に大きく影響する可能性があるため、世界中の関係者が注目しています。

EUタクソノミーは、企業の経済活動が環境にやさしい持続可能なものかどうかを「分類」し、グリーンな投資を促す独自の枠組みです。EUが制定した条件や基準をクリアした経済活動のみが適格な事業としてお墨付きを得て、円滑な資金調達を行えます。
分類の具体的プロセスを定めた「EUタクソノミー規則」はEU加盟国すべてに適用され、国内法より優先されます。

原子力を含めるか否か

2020年7月に発効した同規則には、持続的な経済活動が追求する6つの環境目的と、活動が持続的か判断するための4つの条件が示されています(図)。
2018年に欧州委が同規則の作成に着手した当初から、EUタクソノミーに原子力を含めるか否かが議論されてきました。最大の争点は、原子力が同規則にある「他の環境目的に重大な害を及ぼさない」との条件に抵触しないかどうかです。原子力が低炭素技術であり、気候変動対策に貢献する点はEU内で一定の共通認識がありますが、放射性廃棄物の処分や事故発生時のリスクが論点となり、意見が分かれました。
原子力利用の支持派と反対派双方の主張がある中、欧州委は科学技術専門家による包括的な検討を実施。EU共同研究センター(JRC)が報告書で、「原子力は人体や環境に害を及ぼすものとはいえない」と結論付けたことにより、原子力をEUタクソノミーに組み込む方針を示しました。昨年4月に公表した分類では天然ガスとともに保留しましたが、現在も追加分類の合意に向けて議論を続けています。

図:EUタクソノミーの概要

EU規則2020/852ほかをもとに作成

原子力の再評価へ

原子力が持続可能な活動として容認され、EUタクソノミーに組み込まれることで、EU加盟国で原子力事業への投資が進むと、低炭素化を目的とした原子力の維持拡大や、小型モジュール炉(SMR)をはじめとする新技術の開発にもつながります。また、こうした気候変動の緩和に資する技術として原子力を再評価する動きは、原子力への投資に慎重となっていた世界的な流れに変化を生み、社会の理解が進むことも期待されます。

(2022年1月13日までの情報をもとに作成)