• フィリス・ヨシダ氏Dr.Phyllis Genther Yoshida
OVERSEAS VOICE

2021.05

海外から見た日本の原子力への期待
安全保障や気候変動で主導的役割を

昨年11月、米国の有力シンクタンクであるアトランティック・カウンシルから、「日本の原子力発電所の早期閉鎖に対する地政学・気候変動の観点からの示唆」と題するレポートが刊行されました。現在、第5次エネルギー基本計画の見直しが進められていますが、日本の原子力事業に対する海外からの視点は、私たちに貴重な示唆を与えてくれます。今回、著者のフィリス・ヨシダ氏にお話を伺い、レポートの内容を詳しく解説していただきました。

  • Japan's Nuclear Reactor Fleet:
    The Geopolitical and Climate Implications of Accelerated Decommissioning

    本レポートではまず、日本の原子力の現状や過去の経緯を概括した上で、「原子力の平和利用・国際的な秩序の維持・確保」と「気候変動対応」の2つの観点から分析を行っています。
    「原子力の平和利用・国際的な秩序の維持・確保」の面では、原子力の輸出・輸入が二国間の強い結びつきをつくることに着目。国際原子力市場の盟主が米国から中国・ロシアに移ってきていることに危機感を示し、日米やその同盟国の側が影響力を維持するため、日本には原子力輸出の推進と、それを支える国内原子力の維持、新技術開発などへの積極的な参画を求めています。

  • Japan's Nuclear Reactor Fleet:The Geopolitical and Climate Implications of Accelerated Decommissioning

「気候変動対応」の面では、原子力発電所の停止で化石燃料依存が高まっていることを指摘。このままでは温暖化対策目標の実現は困難で、再生可能エネルギーや水素などとのシナジーも考慮すると、原子力の活用は必要不可欠だと結論づけています。
以上を踏まえ、レポートでは日本に対し以下の5つの提言を行っています。

5つの提言
  1. 1既存原子力発電所を中長期的に2050年まで利用しなければならない
  2. 2原子力技術に関する交易への継続的な関与をしなければならない
  3. 3小型モジュール炉(SMR)を含む先進原子力技術の活用方策の整備、早期の展開が必要である
  4. 4原子力人材の確保および原子力への国民の信頼を再構築しなければならない
  5. 5世界的な気候変動対応における主導的立場を回復する必要がある

日本では原子力は国内問題だと捉えられることが多いですが、実は外交政策とも深く関連しています。例えば日米同盟において、原子力の協力関係は中核的なものの一つです。また、気候変動や科学技術のイノベーションといった国際的なテーマにも、原子力は深くかかわっています。

米国内で日本の原子力への注目度が高い背景には、「原子力の平和利用・国際的な秩序の維持・確保」の観点があります。原子力輸出に関する国際競争力の面ではかつては米国が支配的でしたが、現在のシェアはロシアが最大で、中国も急激に伸びています。国際競争力の面で優位にあった米国だからこそ、原子力技術の利用・輸出を管理する国際的な体制の構築を主導し、また、原子力の平和利用・核不拡散を利用各国に義務付けることができたのです。今後、中ロに対抗していくには米国単独では無理で、日本や韓国、カナダ、欧州諸国と協力していく必要があります。

中ロはこれまで、大規模な原子力発電所を全体のパッケージとして売り込むという点で優位性がありましたが、今後の原子力市場の拡大は、SMRをはじめとした小型炉が中心になるとみられています。この分野で日米陣営は同等以上の技術を持っており、これを活かして中ロに対抗していくことは可能です。原子力の平和利用・核不拡散を維持するために、日本にはSMRの開発に積極的に参画するとともに、原子力の国際的なガバナンスなどにおいて主導的な役割を果たしてほしいと思います。

「気候変動対応」の面でも原子力は重要です。例えば再生可能エネルギーは単独では十分に実力を発揮できず、他のエネルギーとのシナジーが必要で、エネルギー効率に課題があります。その点で原子力は再生可能エネルギー、水素、蓄電といった技術と補完関係にあり、これらを組み合わせて脱炭素を進めていくことが2050年カーボンニュートラルを実現する道筋になるのではないでしょうか。

福島第一原子力発電所の事故の後でも、日本の技術力は世界からの信頼を失っていません。事故の原因や経緯、またその後の対応について国際社会にきちんと説明してきましたし、原子力事業者も新規制基準にしっかり対応してきました。だからこそ、事故があったにもかかわらず、近年では原子力を導入していこうという国が増えています。そうした中で日本には、国内の信頼を回復して原子力利用を継続し、様々な分野でグローバルなリーダーシップを発揮してほしいと期待しています。

(2021年3月31日インタビュー)

開発中のSMRの一例

レポートの詳細内容など(作成:株式会社三菱総合研究所)は、電気事業連合会ホームページに掲載しています。
https://www.fepc.or.jp/library/kaigai/kaigai_topics/1260421_4115.html

PROFILE

元米国エネルギー省(DOE)次官補。DOEではアジア、欧州などとの二国間・多国間関係の調整を担当し、アジア太平洋経済協力会議(APEC)のエネルギー・ワーキング・グループ議長などを務めた。また、1980年代に東京大学で学んだ経験もあり、日本の科学技術やエネルギー問題についての広範な著書がある。