• 日本エネルギー経済研究所 客員研究員
  • 十市 勉氏Tsutomu Toichi
VOICE

2023.10

エネルギー安全保障の強化には地政学リスクの視点が必要

2022年のロシアによるウクライナ侵略をきっかけに表面化したエネルギー危機の教訓を踏まえ、日本のエネルギー安全保障はどうあるべきでしょうか。日本エネルギー経済研究所客員研究員で、1970年代の2度にわたるオイルショックも経験され、国内外のエネルギー事情に精通する十市勉さんに伺いました。

石油や天然ガスなどの資源は、平時ではお金さえ出せば市場で購入できますが、有事になると戦略物資に変わってしまいます。この変化が現実になったという点で、ロシアのウクライナ侵略に起因する今回のエネルギー危機と1970年代の2度のオイルショックは構造が似通っています。

今回は石油だけでなく天然ガスにも深刻な問題が生じたという点が2度のオイルショックとの大きな相違点になりますが、シェール革命により米国が石油と天然ガスの輸出国として強みを発揮したことで、資源価格上昇による世界経済への打撃がある程度緩和されたのは幸いだったと言えます。

ただ、今後の燃料価格も楽観はできません。LNGを例に挙げると、2022年のEUにおけるLNG輸入量はウクライナ危機の影響で前年から大きく増えており、世界的な需給のひっ迫が起こりやすくなっています。カタールや米国で大規模なLNGプロジェクトが新しく立ち上がる2026年頃までは警戒が必要でしょう。

今後、日本のエネルギー安全保障を強化する上では、エネルギー供給源の多様化、輸入源の分散化が必要不可欠です。しかし、脱炭素の観点から石炭の消費量は減らしていかなければなりません。石油や天然ガスは今後数十年にわたり利用を続けることになると思いますので、中東やロシアなど輸出国の地政学リスクが高いことに留意する必要があります。

一方で太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、脱炭素につながる重要な国産エネルギーですが、電気に変換する設備や蓄電池にはコバルトやリチウム、レアアースなどの重要鉱物が必要になります。これらの重要鉱物や太陽光パネルなどの供給では中国に圧倒的に依存しているため、再生可能エネルギーにも地政学リスクが存在しています。

また、再生可能エネルギーは天候によって発電量が頻繁に変動しますので、電力システム全体の安定化には出力が一定のベースロード電源が必要です。石炭の利用が縮小される中、再生可能エネルギーへの依存が高まるほど、ベースロード電源として原子力が果たす役割は大きくなります。そして、原子力のウラン燃料はひとたび輸入すれば長期間使える特長があります。

日本では再生可能エネルギーか原子力かという二項対立の議論が続いていますが、エネルギーの安定供給と脱炭素を同時に達成するという観点では、再生可能エネルギーと原子力の両立を目指す必要があります。

(2023年9月7日インタビュー)

PROFILE

1945年12月26日生まれ。1973年東京大学理学系大学院地球物理コース博士課程修了、同理学博士。同年日本エネルギー経済研究所入所。常務理事・首席研究員、専務理事(最高知識責任者)・首席研究員などを歴任し、2021年客員研究員。著書に『再生可能エネルギーの地政学』(エネルギーフォーラム、2023年)、『21世紀のエネルギー地政学』(産経新聞出版、2007年)、『第3次石油ショックは起きるか』(日本経済新聞社、1990年)、『シリーズ世界の企業石油産業』(日本経済新聞社、1987年)など。