CO2を減らしたいなら原発を全部止めてはいけない

vol.18

川口 マーン 惠美 氏

作家・拓殖大学日本文化研究所客員教授

川口マーン惠美氏

大阪生まれ。日本大学芸術学部音楽学科卒業、ドイツ・シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。シュトゥットガルト在住。著書に『住んでみたドイツ8勝2敗で日本の勝ち』『ドイツの脱原発がよくわかる本』『なぜ日本人は、一瞬でおつりの計算ができるのか』『膨張するドイツの衝撃』『ドイツ流・日本流』など。

メルケル首相は6月のサミットで、今世紀末にCO₂フリーの世界を実現させると豪語した。良いイメージだし、夢がある。だいたい、そんな先のことなど誰も本気で心配していないし、実現できなくてもドイツのせいではない。有能な政治家はときに無責任でもある。

1997年、京都議定書が締結された時、若きメルケル氏は環境大臣だった。以来、ドイツは環境先進国として、他の国々を先導してきた。今では再生可能エネルギーも増加、2011年の脱原発の決定以後は、世界のお手本として君臨している。

当面のドイツの目標は、2020年までに1990年比でCO₂を40%削減することだ。原子力、再エネ、天然ガスという三種のクリーン神器を使うなら、クリアできるはずの目標だった。しかし今、これが大きなハードルとなっている。2022年に原発が止まったときのため、慌てて火力発電所を増設しているからだ。増え続ける再エネのバックアップにも、すでに火力は欠かせない。

「ドイツでは脱原発と再エネの増加でCO₂が増えた」というと、信じない人は多い。しかし、今、EUでCO₂の排出量が一番多い火力5基のうち、4基がドイツにある。クリーンな天然ガスに変えればいいが、「脱原発」で痛手を負っている電力会社に天然ガスは高嶺の花。一方、褐炭は国産で格安なので、「褐炭ルネッサンス」だ。近々、ガス火力に補助金を付ける法案が通りそうだが、そうなると電気代はさらに上がる。CO₂を減らしたいなら、原発を全部止めてはいけない。

今年12月にパリで開かれるCOP(気候変動枠組条約締約国会議)では、いよいよ京都議定書以後の目標値が定められる予定だ。EUの目標は、2030年までに2010年比で40%の削減。他の国々もそれぞれの目標を掲げ、皆で温暖化防止に取り組まなくてはならない。

ただ、中国やインドは破竹の勢いで石炭火力を作っているし、途上国は温暖化防止よりもまず殖産興業。190の参加国の意見がすんなりまとまる可能性は低い。そもそも、最近はこの会議で何か有意義なことが決まった試しがない。12月のCOP21は、その存在の意味自体を問われる会議になるのではないか。

2015年7月31日寄稿