台風被害から揚水発電所を守り抜く 教訓を踏まえた地道で丁寧な仕事 基本あってこそ応用が効く

vol.10

関西電力 奈良電力所 奥吉野発電所
所長代理(電気)(2013年11月現在)

森田 徳文さん

紀伊半島の中央部、急流が険しい谷を形づくる山深い地域に奥吉野発電所はある。揚水式の水力発電所※で総出力120万6,000キロワット、奈良県ほぼ1県分の電力需要をまかなえる規模を誇る。原子力発電所の長期停止の影響から、需給の厳しい今夏も貴重な供給力となった。森田は設備トラブルがないよう、「この夏、特に緊張感を持って意識を高めて臨んできた」と振り返る。
※発電所の上部と下部にダムなどの調整池を造り、電力需要が多い昼間に上部から下部の調整池に水を落として発電します。下部の調整池に貯めた水は電力需要の少ない夜間に上部の調整池に汲み上げ、再び昼間の発電に使用します。

上部ダム巡視ルートの途中より下部ダムを望む

2011年9月、台風12号は紀伊半島に記録的な豪雨をもたらし、大規模な土砂災害が発生した。奥吉野発電所も2つあるダムのうち、下部ダムは上流から土砂や流木が大量に流れ込み、上部ダムへ水を揚げることに支障がでるなど運転に影響が及んだ。山あいを縫う上部ダムへの巡視ルートも土砂崩れで寸断。外部との交通ルートが遮断され、情報・通信手段も限られる中、甚大な被害の恐れに直面する。

この時活きたのが約2カ月前の台風6号による設備被害の教訓だった。特に濁水対策は前もって検討していたことが功を奏する。木片や濁りの元である土砂はポンプなどの回転部に噛み込んで損傷を与えるため、これらを入念に取り除くよう、「通常とは異なるごみ処理などもして対応にあたった」という。
『響きあう心 活かしあえる技術 これが奥吉野発電所の総合力』を胸に刻み、所員はチームワークを発揮した。持ち場に応じ、設備を守り抜く地道で丁寧な仕事の積み重ねで危機を回避。迅速に発電可能な状態に復帰させた。

「大きなトラブルになる前の小さな兆候を見つけ出して対処することだ」と技術的な対応力の重要性を強調する。そして事前の準備も事後の検証も抜かりは許さない。若手には主要設備の構造や複雑なシステムの全体像について基本的な理解を求め、生きた現場を経験する機会も惜しみなく提供する。「基本が大切。そうしたベースがあってこそ応用が効くようになる」。安定供給にかける森田の熱い気持ちと信念に揺るぎはない。

豪雨の影響

台風12号襲来時、森田は豪雨の影響から奥吉野発電所を守り抜く作業に全力を傾けていたが、それとは別に衝撃的な出来事を経験した。

奥吉野発電所からは約10キロメートルの距離にある水力発電所の長殿発電所(1万5300キロワット)を所管する吉野電力システムセンターから奥吉野発電所に、ある要請が入る。同センターからでは豪雨の影響で長殿発電所にたどり着けないため、奥吉野発電所から人を出して現地を確認して欲しいというものだった。豪雨が去ってまだ間もない中、土砂崩れなども警戒しながら森田らは2時間以上かけて、歩いて現地に駆けつけたが、真っ先に目に飛び込んできたのは、原形をとどめることなく設備が倒壊した光景だった。近くで起きた大規模ながけ崩れによる大量の土砂が川に一気に流入し、津波のような濁流が長殿発電所を襲っていた。愛情が注がれてきた電力設備が突如として消失した事実を受け止めきれず、その場に立ち尽くした。その時の心境を言葉少なに「あぜんとした」と振り返る。

長年水力の現場にあって、時に無慈悲なほどに厳しい自然と向き合ってきた。だからこそ、こうした悔しさも糧として、安定して電力を生み出す努力を、森田は決して止めない。

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