岸先生が一刀両断! 日本のエネルギー事情

臨時特集号2015

原子力ゼロの状態から、再稼働へと踏み出した日本。実際のところ日本のエネルギーはどのような状況にあり、わが国の未来を考える上で何が必要なのでしょうか。慶応義塾大学大学院教授の岸博幸先生が国民の皆さんが抱く疑問にズバリお答えします! 岸 博幸先生 慶応義塾大学大学院教授。一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。同省在籍時にコロンビア大学経営大学院に留学し、MBA取得。資源エネルギー庁長官官房国際資源課等を経て、経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣の政務秘書官を歴任。

日本のエネルギーが抱える3つのハードル

福島第一原子力発電所の事故を経験した日本が、
今後も原子力を活用していくことに違和感を覚えます。
原子力をやめることはできないのでしょうか。

脱原発を唱えることは簡単です。でも、日本の実情に即して考えると、原子力をやめれば解決するという単純な話ではないことが分かります。なぜなら、日本のエネルギーには、3つの高いハードルがあるからです。
1つ目のハードルは、エネルギー自給率の問題。
日本は世界第5位のエネルギー消費国です。日本よりエネルギーを多く消費している国は、中国、アメリカ、ロシア、インドですが、これらの国のエネルギー自給率は、低い国でも70%程度。対して、日本のエネルギー自給率は、原子力の停止によりわずか6%にまで落ち込んでおり、資源の94%を海外からの輸入に頼っている状況です。

2つ目のハードルは、CO2排出量増加の問題。
原子力の停止により、老朽化で停止していた火力を稼働させたことなどが影響し、今足元でCO2の排出は震災前と比べて35%も増加しています。CO2を削減していこうという世界的な流れとは、明らかに逆行した動きになっています。

3つ目のハードルは、電気料金高騰の問題。
原子力の代わりに火力で電力を賄う状態が続き、化石燃料の輸入が大幅に増加しました。それに伴い、日本の国富は、震災前と比較して年間最大約3.6兆円も多く海外へ流出しています。これが私たちの電気料金に跳ね返り、震災後の電気料金は、平均して家庭用で約25%、産業用で約40%値上がりしています。

エネルギー自給率が低いと何が問題なのでしょうか。

日本は1970年代に2度のオイルショックを経験しました。中東からの原油の輸入がひっ迫した結果、電力の使用が制限され、日本経済は、戦後初めてマイナス成長になるなど大きな打撃を受けました。
オイルショックを契機に、日本は、LNG(液化天然ガス)とともに、準国産エネルギーである原子力の導入を進め、今日に至るまで約40年間をかけて自給率の向上を図ってきたのです。当時のエネルギー自給率は9%でしたが、今はそれよりも低い深刻な状況です。日本は昔も今も資源小国なのです。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではいけません。

「日本は、原子力ゼロでも電気が足りている」
という声は少なくありません。
それにはどう答えますか。

確かに震災後も電気は足りていました。でも、正確に言うと、老朽化で停止していた火力を稼働させることなどにより「原子力ゼロでも電気を足りるようにしていた」というのが実際のところです。
その裏では、エネルギー自給率の低下、CO2排出量の増加、電気料金の高騰という問題が発生していたのです。この3つのハードルの解決策を提示せずに、脱原発を唱えることには、違和感を覚えますね。

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再エネへの過度な期待は大きなリスクに

太陽光や風力をはじめとする
再エネに期待する人も多いようですが、
その可能性についてはどう思いますか。

太陽光や風力は、原子力と同様、発電時にCO2を出さない環境性に優れた電源であり、地球温暖化防止の観点から最大限の導入が期待されています。一方で、再エネには2つの大きな課題があります。
1つ目は、経済面の課題です。
2012年に始まった固定価格買取制度(FIT)は、再エネの買取費用を電気料金に上乗せして、再エネの普及促進を図る制度です。2013年度は、一家庭当たり平均1,300円/年の負担でしたが、再エネの導入が進むに伴い、現状、約6,000円/年の負担になっており、将来的には現状の2倍の約12,000円/年にまで増加すると予想されています。

2つ目は、技術面の課題です。
太陽光や風力は、発電出力が天候次第となり、コントロールすることができません。電力会社は、時々刻々と変わる再エネの発電出力と地域の電力需要を見ながら、それをバックアップする火力の発電出力を上げ下げすることにより、需要と供給のバランスを調整しています。このバランスが崩れると、最悪のケースでは大規模停電に発展する恐れもあります。
実際に、太陽光の導入量が世界1位であるドイツでは、太陽光の発電出力が予想を大幅に下回り、近隣諸国から電気を緊急避難的に輸入して大規模停電を回避したこともありました。

それでもドイツは太陽光発電に力を入れています。
日本もやろうと思えばできるのでは。

確かに、ドイツは国内電力の25%程度を太陽光をはじめとする再エネでまかなっています。ただ、ドイツは欧州諸国と送電網でつながっており、諸外国と電力のやり取りができるのに対し、日本はそれができません。
また、ドイツでは再エネ導入による一家庭あたりの負担額が30,000円/年に達しようとしており、政策の見直しを余儀なくされました。日本でも太陽光の急速な拡大により、制度の見直しが始まっています。
再エネに対する希望は持ち続けるべきですが、こうした2つの課題と正面から向き合わないままに再エネへの過度な期待を持つことは、大きなリスクになると思います。

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3つのハードルを乗り越えるために

原子力の必要性について頭では理解しても、福島第一原子力発電所の事故を思えば、感情として抵抗感を持つ人も多いように思います。私たちはどのような姿勢でエネルギー問題に向き合うべきでしょうか。

もちろんあの事故は忘れてはならないもので、多くの教訓を私たちに示しています。
大切なのは、まず安全の確保を大前提にすること。その上で、環境保全・電気料金の低減・電力の安定供給を同時に達成していくことです。
日本は資源小国であり、一つの電源に大きく頼ることはできません。また、すべての面において完璧な電源はなく、光と影の両面を見ながら、原子力・火力・再エネの各電源をバランスよく組み合わせることが必要です。
例えば、原子力に対しては反対の声もありますが、CO2を排出しないことから地球温暖化対策に寄与することも事実です。
世代を問わず、エネルギーに関する正しい知識や情報を得て、感情論でなく事実やデータに基づいた冷静な議論を行うことが大切です。

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岸先生の見解

日本の国情を踏まえれば
安全が確保された原子力の活用が不可欠

震災後、日本は、一時期、原子力ゼロという状態になりました。これからもそれでやっていけるという期待感が出るのも無理はないのかもしれません。
でも立ち止まって考えてください。消費税1%当たりの税収は年間約2.7兆円。一方、震災後、原子力の停止により海外へ支払う火力燃料費はそれを上回る年間最大約3.6兆円。国富の流出は看過できないレベルにあります。
日本は、自国に資源がないにもかかわらず発展を遂げ、経済大国となった稀有な国です。資源小国であるというハンディキャップを原子力の活用により挽回してきた先人たちの決断を私たちは再認識すべきではないでしょうか。
この国が将来にわたり安定した社会・経済活動を続けていくためには、安全が確保された原子力の活用が不可欠だと考えます。

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