地政学の復権とエネルギー安全保障

vol.13

秋山 信将 氏

一橋大学国際・公共政策大学院教授

秋山 信将 氏

1967年静岡県生まれ。
一橋大学法学部卒、博士(法学)。
広島市立大学広島平和研究所講師、日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター主任研究員などを経て現職。
専門は国際政治学、特に核軍縮、核不拡散。
主な著書は、『核不拡散をめぐる国際政治』(有信堂、2012年)。
福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)ワーキンググループ・リーダーなども務める。

資源供給の多くを海外に依存する日本にとって、エネルギー安全保障は、社会の活力を維持していくうえで最も重要な政策の一つなのだが、国民の間で議論にのぼることはあまりない。
それは、逆説的ではあるが、従来のエネルギー政策が一定の成果を上げてきたからともいえる。
つまり、70年代の石油ショックで日本社会がパニックを経験して以降の原子力を含むエネルギー源の多様化(あるいは「ベスト・ミックス」の追求)や、国際エネルギー市場の安定化を中心とした対外的な努力、そして国際社会においても他に類を見ないような省エネ努力の成果といえよう。

しかし、2011年の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、日本のエネルギー政策の選択は重要な岐路に差し掛かっている。
原子力発電が停止し、さらに地政学的リスクも増大している。
中東では「アラブの春」以降、各国の情勢が混とんとし、欧州ではウクライナ情勢の悪化に伴って欧州の天然ガス市場の不安定性が懸念されている。
また、南シナ海でも資源開発等をめぐり中国とベトナムやフィリピンなどとの小競り合いが地域・海域の安定に影を差している。
日本は、これらの地政学的リスクへの対処も含めエネルギー安全保障戦略を構想する必要があろう。

幸いなことに、今のところ化石燃料市場は安定している。
また、北米のシェールガスや、核交渉の行方次第ではあるが石油生産国イランとの関係改善の兆しもある。
しかし、中長期的に見た場合、リスクはまだ顕在化していないだけともいえる。
中国やインドなど新興国におけるエネルギー需要の伸びが著しく、供給側だけでなく、需要側からも市場の構造変動が促される可能性がある。
厄介なことに、これらの国々は既存の国際秩序のルールに唯々諾々と従うタイプの国ではない。
さらに、中東の資源生産国における、若年層の失業率を含む経済構造のゆがみ、エネルギー消費の伸びなどの要因が、安定的な資源供給の持続可能性を損なうことはないのか。

このまま資源調達コストが伸び続ければ、日本の産業競争力は削がれ、生産拠点の海外移転が進むかもしれない。
それは、日本の貿易赤字の増加、経常赤字の恒常化への道に繋がる。
その時、大量の国債発行残高を抱える日本の財政はどうなるのか。
エネルギー安全保障の選択は、資源市場の安定化や資源調達先との良好な関係を通じた供給の確保だけでなく、レジリエント(強靭)な社会経済システムの確立という視点からも重要である。
日本人の「セキュリティ」の感覚が問われている。

2014年5月20日寄稿