「厳しい試練にさらされるドイツの石炭火力発電依存体制」
2013年6月3日
ここ2、3年、他の西欧諸国同様にドイツでも石炭火力発電量が増加している。背景にはシェールガスの利用拡大によって国内ではけ口を失った米国炭の輸出が増えて石炭の国際相場が下落し、加えてCO2排出権価格が底値を更新し続けているために石炭火力の経済性が高まっている事情がある。ところが、一見好調に見えるドイツの石炭火力発電も、その将来性となるとまったく見通しは立っていない。強い反対運動によって建設計画が撤回されるケースが相次ぐ一方で、露天掘りでとくに経済性が高いとされる褐炭火力についても、今後建設される新規設備では耐用期間の経済収支は大幅なマイナスになるとの予測が出されるなど、石炭火力発電所は厳しい試練にさらされているのが実態だ。
□反対運動の対象は原子力発電所から石炭火力発電所へ
ドイツの連邦環境省(BMU)が2013年2月中旬に発表した速報値によれば、2012年の同国の温室効果ガス排出量は対前年比1.6%増加した。アルトマイヤー環境相は、排出量増加の要因として石炭火力発電量と褐炭火力発電量が前年比でそれぞれ3.4%、5.1%増加したためと指摘している。石炭価格の値下がりで高効率、最新式のガス・コンバインドサイクル発電の経済的競争力が低下、かわって老朽化しているものの減価償却の終わった石炭火力設備の稼働率が高まる結果を招いた。さらに、2012年にはCO2排出量が多い褐炭火力発電設備3基(合計出力277万5000kW)が運転開始したことも影響しているとみられる。
ドイツでは、これまで主に原子力発電所に対する反対運動が展開されていたが、2001年に政府が業界と「脱原子力協定」を締結したのをきっかけに、環境保護派による攻撃対象エネルギーは原子力に代わり、石炭火力発電所に向けられるようになった。排煙に含まれて大気中に放出される粒子状物質、SOx、重金属などによって住民の健康が脅かされるだけでなく、多量のCO2排出により地球温暖化の大きな原因になっている、というのが石炭火力利用に対する反対理由に挙げられている。地元市町村議会による石炭火力発電計画拒否決議や石炭火力からガス火力への転換要求決議、建設予定地点でのデモ行動、さらには住民投票による拒否などを受けて、消えた計画やガス火力に切り替えられたケースは多い。
2006年時点で計画されていた石炭火力発電40プロジェクトのうち、2プロジェクト(いずれも褐炭火力)が2012年に運転開始にこぎつけることができたものの、同年中に中止された5プロジェクトを含めて、これまで21プロジェクト(合計出力1939万kW)が頓挫している。残りのプロジェクトは、建設中が5(同663万kW)、着工したものの許可無効の裁判判決を受けて手続きをやり直し中が2(同185万kW)、許認可手続き中が3(同256万kW)、計画段階が6(同410万kW)などとなっている。しかし、建設中のプロジェクトの中にも地元対策のため計画変更、建設の長期化で費用が想定から大きく上昇、経済性が危うくなるケースも含まれている。こうしたことから、環境保護団体のグリーンピースは「まだ正式に撤回されていないものの、今後中止されるプロジェクトが出てくる」と予想している。
□不明確な石炭火力の位置づけとCCS技術の実用化
ドイツ政府は、温室効果ガス排出量を1990年比で2020年に40%、2030年に55%、2050年には80~95%削減する一方、電力消費に占める再生可能エネルギー電力の比率を2020年で35%、2030年で50%、2050年には80%にまで高める目標を掲げている。また、火力発電の位置づけに関しては、低炭素電源であり、弾力的な運用が可能なガス火力には"橋渡し的"な役割を求める複数の報告書(連邦環境省「予備的研究2012」など)が出されているのに対して、石炭火力についてはCO2回収・貯留(CCS)技術の実用化がカギを握ると見られているが、将来の役割は必ずしも明確になっていない。
そうした中、2011年末時点で2100万kW強の設備が存在し、ベース電源として過去10年間国内発電量の23~27%を安定的にまかなってきた褐炭火力に関して、新たに建設される設備には全く経済性がないとする報告書がドイツの有力研究機関であるドイツ経済研究所(DIW)から2012年11月に公表されている。
報告書では、2015年に運転開始する褐炭火力発電所(出力110万kW)が40年間運転した場合の損益を試算しているが、高い資本費、再エネ電力増加に伴う全出力運転時間の低下(つまり稼働率下落)と卸市場価格のダウン、CO2排出権価格への感度の高さなどが影響して、累積で4億2600万ユーロ(約560億円)の損出が生じると算定している。CO2排出権価格との関係では、15ユーロ(約2000円)/CO2トン以上になると褐炭火力発電所の資本価値はマイナスに転じるとされる。
□エネルギー転換政策では必要性を欠く褐炭火力発電の事情
ドイツの地域的な電力事情の違いも褐炭火力の逆風になっている。褐炭資源が豊富に存在するライン、中部ドイツ、ラウジッツ地方などでは、今日でさえ数百億kWh台もの供給余力がある。このうち、中期的展望ではライン地方に北西部から風力発電による安い電力が流れ込む見通しだ。対照的に需要の大きい負荷中心地である南ドイツでは電力が不足しているが、送電容量確保の大幅な遅れから褐炭火力の新設は電力不足の解決にはならず、予備力設備に支払われる容量支払金は地域ごとに異なるため、褐炭火力の経済性改善にはつながらない。
ガス火力の1MWh当たりのCO2排出量が350㎏前後なのに対して、その3倍(約1トン)ものCO2を排出する褐炭火力発電設備にとって、ドイツ政府が大規模なCCSプロジェクトを放棄する決定を下したことも不利な材料となっている。この結果、政府の意欲的なCO2削減目標を達成しようとすると、褐炭火力発電所の迅速な閉鎖が不可欠となる。可能性は極めて薄いが、仮にCCSがドイツで実用化すると仮定したとしても、主な受益者は製鉄などの製造業であり、褐炭火力の場合、CCS利用の損益収支はマイナス24億7575万ユーロ(約3250億円)と高いものにつくとDIWは試算している。
これらのことからDIW報告書では、ドイツ政府が実施しようとしている脱原子力と低炭素化を目指したエネルギーの構造転換政策を成功させるために新たな褐炭火力発電所は必要ではなく、国内最後の褐炭火力ユニットは2040~2045年という比較的早い時点で停止すると予想している。
以上
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