【スイス】国民投票で緑の党の脱原子力促進発議を否決
2016年12月1日
【スイス】国民投票で緑の党の脱原子力促進発議を否決
2016年11月27日に行われたスイスの国民投票において、同国で運転中の原子力発電所を早期に閉鎖させるという緑の党の国民発議が否決された。その結果、同国の発電電力量の3分の1以上を供給する5基の原子炉は、安全性が保証される限り(事業者の判断による)経済的な寿命に従って運転を継続することが可能となった。
◆これまでの主な経緯
スイスの原子炉5基は、同国2015年の総発電電力量の52%を占める水力に次ぐ電源として約35%を供給しており、同国は世界的に見ても最もクリーンな電源構成を持つ国の1つにあげられる。
<表 スイスの原子力発電所>
発電所名 |
炉型 |
出力(万kW) |
運開年 |
ベツナウ1号 |
PWR |
38 |
1969 |
ベツナウ2号 |
PWR |
38 |
1972 |
ミューレベルク |
BWR |
39 |
1972 |
ゲスゲン |
PWR |
106 |
1979 |
ライプシュタット |
BWR |
127.5 |
1984 |
出所:原産協会(2016)
スイスは他の欧米先進国同様、1960年代から原子力発電開発を進めてきた。しかし、1986年のチェルノブイリ事故後、1990年には国民投票が実施され、10年間、原子炉の新規建設が凍結されることになった。この凍結期限に近い1999年には、原子力反対の団体・政党が原子炉新設禁止の10年延長、既設原子炉の閉鎖等を求める国民発議を提出した。政府はその対案(注1参照)として、原子力発電を排除しない原子力法改正案を議会に上程し、2003年3月には可決された。その後、反対派の発議は国民投票で否決されたため、対案とされた改正原子力法案が2005年に成立・発効し、原子炉建設の承認は国民投票によること、2006年から10年間は使用済燃料の再処理を凍結することなどが決まった。
さらに政府は2007年、「2035年までのエネルギー見通し」を発表し、2020年頃に国内の電源が不足するとの予測を示すとともに、2031年以降の原子炉新設を長期エネルギーシナリオに盛り込んだ。この見通しに基づき、スイスの原子力発電事業者は、既設の原子炉を新しいものに置き換えていくこと、すなわち新設・リプレースの検討を進め、計画に着手することとなった。
しかし、このような原子炉新設に向けた動きは、2011年3月の福島事故によってストップした。連邦政府は、原子炉新設に係る審査を凍結し、既設原子炉の安全点検とともに、2007年の「エネルギー見通し」の見直しを連邦環境省に指示した。
その結果、連邦政府は2011年5月、2050年までの新たなエネルギー戦略として「エネルギー戦略2050」を閣議決定した。同戦略は、原子炉の運転期間を50年として、段階的に脱原子力を進める方向性を示すものであった。続いて2011年12月には、国民議会(下院)、全州議会(上院)において、原子力法を改正し新世代炉も含めて原子炉の新設を禁止することなどの方針が承認された。
これを受けて、連邦環境省は「エネルギー戦略2050」実現に向けた、エネルギー効率向上、再生可能エネルギー拡大、原子力発電関連など、具体的な法案の改正手続きを進めた。
こうした議会における脱原子力に向けた法整備の動きと並行して、緑の党は10万8,000名の署名を集め、2012年11月、原子力発電の禁止を憲法に明記し、原子炉の運転年数を最長45年に制限することを求める国民発議を提起した。これを受けて、連邦政府はこの国民発議に対する対案の作成を進めることとなった。ただし、スイスではこの対案の決定には上下両院での採決が必要であるため、両院での検討及び調整に時間を要するとして、本件の最終採決は1年延長され、国民投票の実施時期は2016年後半以降とされた。
2016年9月、スイスの上下両院は、段階的脱原子力を前提とした中長期エネルギー戦略「エネルギー戦略2050」実施に必要な法案を、反対派の国民発議の対案として採択した。この対案では、発電所の新規建設は禁止する一方、既設炉の運転期間は制限しないこととされ、国民投票で脱原子力促進国民発議が否決された場合、改正原子力法として成立することとなった。
◆国民投票結果について
2016年11月27日、前述の緑の党による国民発議を受けて、45年の運転期間で原子炉を閉鎖するという脱原子力を促進する提案について国民投票を実施した。同提案が採択された場合、ベツナウ1、2号およびミューレベルクはすでに45年以上運転しているため、2017年に、さらにこれらに続きゲスゲンが2024年に、ライプシュタットが2029年には閉鎖することになっていた。
国民投票の結果は、投票した国民の54.2%が急速な段階的廃止に反対と投票し、賛成票は45.8%に止まった。またスイス26州の内20州が反対した。国民投票が成立するためには二つの条件、すなわち投票者の過半数および州の過半数を必要とするが、票数、州の数のいずれでも反対が多数を占め、否決ということで決着した。
これにより、スイスの原子力発電所は、安全規制当局の承認を条件として、発電所を所有する電気事業者の商業的な計画に従って運用することが可能となった。現時点では、2030~2040年代まで、60年間運転を継続するものと見られている。その場合、その延長期間中に約3,200億kWhを発電することが期待され、ガス火力やフランス、ドイツからの電力輸入で代替した場合と比較して、少なくとも5,000万トンのCO2排出が回避できると想定されている。
◆関係者の反応
連邦政府のLeuthardエネルギー相は、今回の国民投票結果について「安堵した。というのは、原子力の運転延長によって、エネルギー戦略の転換や系統増強に時間をかけられるからである。国民は明らかにリスク回避を望んだ。原子力の閉鎖を急いだ場合には、系統の不安定化、損害を被る企業への補償、輸入電力の増加のリスクが発生しただろう」と述べた。
「人類のためのエネルギー」という原子力推進NGO(EfH)は、「スイスの有権者は緑の党の乱暴な原子力廃止構想を拒否し、世界に強いメッセージを送った。クリーンな電源を拡大することついて、今や我々の取組を停止してはならない」とコメントした。
また、EfHは「ドイツはエネルギー転換で成功するために何年も努力し続けており、大きな困難に直面している。既存の原子力発電プラントをこのまま運転し続けることにより、スイスはいずれ直面する気候変動とエネルギー分野の課題に対し、より良い立場で臨むことができるだろう」としている。
また、ベツナウ発電所1、2号機を運転するAxpo社は、「スイスの電力の安定供給のため非常に良い結果である」とコメントした。
◆まとめ
スイスは、福島事故を契機に原子力に対する安全性などへの不安から脱原子力に舵を切った国の一つである。今回の国民投票では、一時のそうした不安から、少し時間を経ることにより現実的な判断に回帰しているように見える。
以 上
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