【世界】 ポストコロナの社会で原子力が果たす役割
2020年8月19日
新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)は、2020年8月時点現在も終息が見えておらず、進行形の危機であるが、人々に社会のありかたの再考を促す大きな契機となっている。新型コロナウイルス流行を区切りとする「ポストコロナ」の文脈において、急速なペースで新たな価値観の採り入れが行われるとともに、既存の価値観も改めて精査され、変わりゆく社会に適合した進化・深化を求められている。
現在、さまざまな国や地域で新型コロナウイルス流行による打撃からの回復計画が示されているが、その多くが強力・強靱、かつクリーンで公正な社会の構築を基本方針に据えている。
こうした考え方は、国連の持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)や、パリ協定に基づく温室効果ガス抑制、また2019年12月に提唱された欧州グリーンディールといった枠組に代表されるように、コロナ以前から謳われてきた。しかし今回、新型コロナウイルスという共通の脅威にさらされたことで、世界中で環境親和性と経済活動の発展を両立させる持続可能な社会への希求が切実さを増し、社会変革のアクセルが踏まれようとしている。すべての人々がクリーンで安定したエネルギーを経済的に入手できることは、強力・強靱、かつクリーンで公正な社会の実現の不可欠な基盤であり、新型コロナからの回復を考える上でこの認識は広く共有されている。
ではどうやってこうしたエネルギー供給を可能にするのか。2020年6月には、経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)が「COVID-19流行下とその後における原子力の役割」の議論に向けたポリシーブリーフ、世界原子力協会(WNA)が白書「より強い明日を作る---ポストパンデミックの世界における原子力」をそれぞれ公表し、ポストコロナにおける原子力の役割について見解を示した。その主張は大きく共通しており、「コスト効率の高い、電力低炭素化への貢献」「原子力プロジェクトへの投資によって高付加価値・長期的な雇用・経済効果を創出し経済回復に貢献」「エネルギー安全保障・電力安定供給に貢献」といった内容になっている。
NEAのポリシーブリーフにおけるキーメッセージは以下の通りである
原子力とコスト効率の高い電力システム脱炭素化
●ポストコロナの回復プランにおけるエネルギー政策では、気候目標と経済目標を調和させるため、発電原価のみでなく、系統接続・安定に必要なコストも含めた電力システム全体のコスト(システムコスト)を念頭に置く必要がある
●原子力の活用なくカーボンニュートラルな電力システムへの移行を図ろうとすれば、システムコストが顕著に増大し安定供給に支障をきたす
●脱炭素化をコスト効率的に実現するためには、低炭素電源・電力システム最新化への投資にインセンティブを与えるような電力市場の構造改革が必要(容量メカニズムのような需要に応じた供給力を評価する仕組みを取り入れるなど)
原子力プロジェクトは高付加価値な雇用を創出し、ポストコロナの経済回復に貢献
●新型コロナパンデミックからの経済回復はエネルギー転換と雇用創出・経済成長を両立させる絶好の機会
●原子力への投資は高スキルの雇用を多数生み出し、低炭素経済への転換を加速すると共に、エネルギーの強靱性を増加させる
●原子力プロジェクトはこれまでにも長期・高スキル・高収入の国内雇用を多数生み出した実績あり
●原子力プロジェクトは地域経済にも大きな波及的投資をもたらす
ポストコロナ時代における低炭素で強靱な電力インフラ構築に貢献
●電力の安定供給は、食糧確保や医療アクセスと同程度に必須の公共ニーズ
●原子力は電力安定供給の鍵であり、これまでも安定した信頼性の高い電源として低炭素かつ強靱なインフラ構築に貢献
●原子炉新設、既存炉長期運転といった原子力プロジェクトは、短期間のうちに経済成長を加速しつつ、長期的な低炭素・強靱電力インフラ開発をコスト効率よく支えることで、コロナ後の経済回復において重要な役割を担うことができる
なおNEAは、こうした原子力の社会経済、環境への貢献を活かすためには、原子力への投資にインセンティブをもたらすような政策・市場枠組みが必要と主張している。
電力の脱炭素化に係るシステムコストについては近年、NEAや国際エネルギー機関(IEA)、マサチューセッツ工科大学など複数の機関によって分析が行われ、いずれにおいても原子力を十分に活用せず変動の大きい再エネのみでは、システムコストが膨張するとの結果が示された。ポストコロナの社会の立て直しに向け、各国政府が全方位において大規模な財政出動を求められる今、脱炭素の取組においても、費用対効果の最大化が必要であることはいうまでもない。
また、ポストコロナの経済復興には、即効性があり、かつ長期間効果が持続する投資を優先することが重要である。その点、原子力分野では多くの新設プロジェクトが政府レベルの計画としてすでに存在し、投資を待つばかりとなっている。WNAによれば、その数は108にのぼる。さらに運開から30年経過した既存炉が世界に約290基あり、こうした炉に長期運転に向けた投資を行うことにより、既存のノウハウ・人材維持だけでなく地元への追加の雇用・波及的経済効果が見込まれる。投資にゴーサインさえ出ればすぐに動ける大規模かつ付加価値の高いプロジェクトが、原子力分野には多数控えている。
電力脱炭素化のコスト効率に加え、忘れてはいけないのが電力の安定供給の問題である。NEAも指摘しているように、電力は経済活動が停滞しているから供給が止まっても構わないという性質のものではなく、市民が生きていく上で必須のインフラであり、誰もが常に安定して得られるものでなくてはならない。
ここで強調されるような「低炭素かつ強靱な電力インフラにおける原子力の貢献」はなかなか実感されにくい。しかし原子力の活用なしで低炭素かつ安定した電力供給を実現することの難しさは、次のような事例からも見てとれる。以下の図1は、ドイツで新型コロナウイルス流行拡大をうけたロックダウンが行われていた2020年の3月半ばから5月末までの電力需給状況を2019年同時期と比較したものである。ドイツではこの期間、経済活動停滞により電力需要が顕著に低下したにもかかわらず、2019年同時期と比べて明らかに、供給(図中積み上げグラフ)が消費量(図中赤線)に追いつかず電力を輸入する時間が長くなっていることがわかる [※1]。
間歇性の再エネに出力変動はつきものとはいえ、昨年との最大の違いは、石炭火力(褐炭・黒炭)の稼働が低いことである。実のところ、近年の欧州における電力低炭素化の流れの中、炭素価格上昇傾向に伴い、排出量の多い石炭火力はドイツにおいて、2019年の段階で従来と比べればすでに抑制気味になっており、複数のプラントが閉鎖はしないまでも、定常運転をとりやめる待機状態となっていた。また2019年末には脱原子力政策により、電力需要地の南西部で原子炉1基が恒久停止した。2020年の新型コロナ流行が電力市場価格を押し下げると、競争力を失った石炭火力からの電力供給がさらに絞り込まれ、こうなると再エネ出力低下時の補充電源がなく、ドイツでは低需要にもかかわらず電力を輸入するタイミングが増加した。
こうした時に最大の対独電力輸出国となるのが隣国フランスである。フランスでは現在、発電電力量の7割を原子力が占めている。フランスは原子力と再エネの組み合わせにより、低炭素の電力ポートフォリオを崩すことなく、自国はもちろんのこと、近隣国の安定供給にも貢献している。
再エネは無論、電力脱炭素化における重要な電源である。しかし、低炭素で経済的な電力を誰もが安定して使える強靱で柔軟で高効率なシステムを維持するには、活用できる手段を最適に組み合わせていく必要がある。改めてこの認識に立って、原子力活用を含めた実行可能なあらゆる選択肢を冷静に評価し、着実に、かつスピード感をもって実行に移すことが今、求められている。
[※1]その一方で、4月13日、21日には、再エネの出力急増に調整が間に合わず、ドイツの電力市場価格はマイナス価格を付け、多くの事業者がコストを支払って電力を市場でさばくことになった。電力供給過小は輸入増加につながるが、供給過多もまた、市場を歪める要因となる。
図 1 3月中旬~5月末までのドイツにおける電力需給(2019年と2020年の比較)
(出典)ドイツ連邦ネットワーク規制庁、電力市場データ(SMARD)より三菱総合研究所作成
https://www.smard.de/en/5790
【参考文献】
●OECD/NEA、The role of nuclear energy during COVID-19 and beyond、2020年8月アクセス、
http://www.oecd-nea.org/news/2020/covid-19/post-covid-19-recovery/index.html
●WNA、Building a stronger tomorrow-- Nuclear power in the post-pandemic world、2020年6月
https://www.world-nuclear.org/getmedia/ca7d2742-93ca-4537-bfa9-bf09dda30ea6/building-a-stronger-tomorrow-report.pdf.aspx
●ドイツ連邦ネットワーク規制庁、電力市場データ(SMARD)、2020年8月アクセス、
https://www.smard.de/en/5790
以上
【作成:株式会社三菱総合研究所】
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