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【欧州】 原子力は「サステナブルな経済活動」か~EUタクソノミーを巡る議論~

2021年10月20日

   環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素を考慮したESG投資が世界的に注目される中、EUはサステナブル金融の規律として、「EUタクソノミー」を確立する取組を進めている。従来耳馴染みのなかった「EUタクソノミー」だが、まずタクソノミーとは分類学を意味する。EUタクソノミーをひとことで言えば、環境にやさしいサステナブルな活動とは何かを定義し、経済活動を仕分け・分類するものである。条件と基準をクリアし、「EUタクソノミー入り」した事業は、EUからサステナブルだというお墨付きを得て、円滑な資金調達を行うことができる。裏を返せば、EUタクソノミーに含まれない事業は、EU内でサステナブルを標榜しての資金集めや活動を行えないということになる。
    この数年、最大の争点となってきたのが「原子力をEUタクソノミーに含めるか否か」である。原子力は低炭素技術であり、気候変動対策に貢献するという点は、EU内でも一定程度共通認識があった一方で、どこが争点化していたのか。以下、本稿ではEUタクソノミーとはどういうものなのか、そして原子力のEUタクソノミー入りの是非を巡る議論、今後の見通しについて整理する。

EUタクソノミーの目的としくみ
   EUタクソノミーは、サステナブルだと認められる経済活動の分類、要件、さらには活動ごとの適合基準をEUの法的な文書として定めるものである。EUではこれを企業の活動や金融商品がサステナブルか判断するための域内共通ツールとして用い、EUが目標とする2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、官民の資金を真にサステナブルな用途に誘導することを目指している。グリーンやエコへの関心が高まる中で、グリーンイメージを表に出しながら実際にはそうした活動を行っていない、あるいは環境に悪影響を及ぼす事業の隠れ蓑とする「グリーンウォッシュ」が問題視されて久しく、最近ではESGウォッシュという言葉も登場している。EUタクソノミーは、こうしたグリーンの「ふり」をした事業に、グリーン債券やESG債券の発行ほかサステナブルファイナンスを通じた資金が流入することを防ぐ目的も持っている。
   EUタクソノミーの構成は以下の図1のとおりである。


図 1 EUタクソノミーの構成
出所)EUタクソノミー規則(EU) 2020/852 ほかに基づき三菱総合研究所作成

   まずEU規則(いわゆるEUタクソノミー規則。2020年7月発効)では、サステナブルな経済活動が追求するゴールを6つの環境目的として類型化するとともに、活動がサステナブルであると判断されるための基本条件が示されている。なおこの規則自体に、「EUタクソノミー入り」した活動の具体的なリストは含まれていない。
   同規則では、サステナブルな経済活動と判断される条件のひとつとして「科学的根拠に基づく基準に適合」することが挙げられているが、その基準が「技術的スクリーニング基準(TSC)」である。TSCはEUタクソノミーの対象となる全活動について活動別に設定され、一連のTSCがEUタクソノミー規則を補完する委任法令[※1] として発行される。つまり、「タクソノミー入りしている経済活動」=「委任法令でTSCが設定されている活動」であり、該当するTSCがない活動は、すなわちEUタクソノミーの範疇外である。

   委任法令は、2回に分けて発出される。第1弾は6つの環境目的のうち、「気候変動の緩和」「気候変動への適応」に対応する活動のTSCを示すもので、2021年4月に発出された。再生可能エネルギーほか、低炭素エネルギーに関する主な活動のTSCはこの第1弾で発出済みである。ただし、原子力については後述のとおり、タクソノミーへの組み込み是非の議論が途上であったことから、第1弾の委任法令には含まれなかった。第2弾は2021年内の発出が予定されている。これは主として残り4つの環境目的に対応する活動のTSCを示すものだが、注目すべきは、追加として「原子力のTSC」が盛り込まれる方針であるという点だ。つまり、原子力は「EUタクソノミーに入る」ことで決着したのである。

原子力「タクソノミー入り」を巡る議論 ~最大の争点は原子力が「重大な害を及ぼさない」かどうか~
   上述のとおり、原子力についてはEUタクソノミーに組み込まれるという結論に至るまでに曲折があった。主な推移を表1に示す。

表 1 原子力組み込みの是非を巡る推移


   上表のとおり、2019年6月の議論開始の当初、原子力はEUタクソノミーの対象に組み込まれていなかった。その後、原子力利用を支持する側と反対する側双方から主張の応酬がある中、原子力の取り扱いを保留として、科学技術専門家による包括的な検討を行うこととなった。最終的に原子力がタクソノミー入りする決定打となったのが、2021年3月に公表されたEU共同研究センター(JRC) [※2]の報告書「EUタクソノミー規則(EU) 2020/852におけるクライテリア”重大な害を及ぼさない”に照らした原子力に係る技術評価」である。この報告書では以下のような結論が示された。
●原子力が「気候変動対策に寄与する技術」としてタクソノミーに既に含まれている他のエネルギー源と比べて、人の健康や環境に有害だという科学的な証拠は見出されない
●石油、ガスといった他の選択肢と比べると、原子力の存在は水力や再生可能エネルギー並みにポジティブなインパクトを有する
●放射性廃棄物の地層処分は、現在利用可能な選択肢の中で、人や環境への負の影響を回避する最良の選択肢である
●原子力事故の可能性を完全に確実に排除することはできないが、事故の発生リスクは非常に低い。最新の(第3世代)原子力プラントは利用可能な発電技術の中でも最も発電量当たりの事故死亡率が低い。

   この結論をもとに、欧州委員会は2021年4月に原子力をタクソノミーに組み込む方針を示し、2021年10月現在、年内目途で発出が予定される第2弾委任法令(原子力のTSCが盛り込まれる)の準備が進められている。
   このJRC報告書のタイトルや結論からも見て取れるように、原子力を巡る議論で最大の争点となったのは原子力が「重大な害を及ぼさない」というタクソノミーの条件に抵触しないか、という点である。原子力が低炭素技術であり、EUタクソノミーに示された環境目的「気候変動緩和」に貢献するという点については、EUタクソノミーの議論が本格化した2019年の時点で、EU内での一定のコンセンサスが取れていたが、一方で、放射性廃棄物の処分や事故発生時のリスクといった論点を中心に、原子力を「重大な害」を及ぼすような危険な技術とみなすかどうかについては意見が分かれていた。
   EU内でも原子力大国であるフランスをはじめ、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、ルーマニアといった東欧の原子力利用国、さらにこれから原子力を新規導入するポーランド等は、タクソノミーに原子力を組み込むことを強く要求してきた。こうした国々は、EU加盟各国にはそれぞれ原子力利用の是非を選択する自由があるとの考えを示すと共に、原子力がEUの環境目的に適合していること、また2050年カーボンニュートラルに向けて、利用可能な無排出・低排出技術(原子力を含む)をEUが積極的に支援し、平等に扱うよう求めてきた。
   一方、ドイツやオーストリア、スペイン、デンマーク、ルクセンブルクといった原子力に批判的な国々は、原子力は高リスク技術であり「重大な害を及ぼさない」というタクソノミーの条件に抵触し、原子力を組み入れることでタクソノミーの信頼性が失われるとの主張を示している。
   こうした原子力支持国・反対国の意見の応酬は、欧州委員会が4月に原子力をタクソノミーに組み込む方針を示して半年が経とうとする10月現在もなお、続いている。その背景には恐らく、欧州委員会で検討中の原子力のTSCにおいてどのような基準を設定し、原子力の中でも持続可能な活動と認められる幅をどの程度広く(あるいは狭く)取るのかを巡る攻防があるものと推測される。

まとめ:原子力のEUタクソノミー入りは、原子力をサステナブルな活動とみなす大きな先例に
   このように引き続き意見の対立をはらみつつも、EUにおける議論は、原子力を低炭素化に貢献し、他のエネルギーと比較しても重大な害を及ぼさない技術としてEUタクソノミーに組み込み、サステナブルな経済活動と位置づける方向でひとまず決着した。
   EU内には、低炭素化と電源確保を両立するための切り札として原子力発電を維持拡大したい国も多い。しかし最大のネックとなるのが、資金調達である。原子力がタクソノミーに組み込まれEUのお墨付きを得ることで、今後ESG投資、グリーン投資のポートフォリオに、堂々と原子力を組み込むことができるようになる。こうした変化は、低炭素化を目的とした原子力の維持拡大、小型モジュール炉(SMR)をはじめとする新技術開発プロジェクトにとって、朗報である。
   ただし前述のとおり、原子力利用国は原子力に対して、EUが他の電源(再エネ等)と平等な「積極支援」を行うべきと主張しているが、たとえば再生可能エネルギーのように、EUの資金で直接、助成金(公正な移行基金、イノベーション基金など)といった形で加盟国の原子力事業を支援することは考えにくい。EU予算は主に、加盟国の拠出金からなる。また、EUが新型コロナウイルスからの回復に向けて発行する債券等についても、今後各国の拠出金等から償還にあてていくことになる。原子力に批判的な国からの拠出を含むEU財源を原子力プロジェクトに支出することは難しく、実際、2050年カーボンニュートラルに向けた基金等でも、原子力は明示的に助成対象外に指定されている。
   しかし原子力を選択する国が自国の枠組みで、公正競争に反しない範囲で原子力を支援する上で、原子力のEUタクソノミー入りは大きな後押しとなる。また、原子力に批判的な国においても、タクソノミーで原子力が「持続可能な経済活動」に認められたことが、世論や経済界の姿勢にどう影響するか今後注目である。
   EUが直接原子力産業を助成するとはいかなくとも、EUタクソノミーを通じて原子力をサステナブルな活動として容認したことの意義は大きい。このEUの姿勢は、他の国や地域で同様の「経済活動仕分け」を行う際にも、重要な参照事例となるであろう。原子力をサステナブルな経済活動として定義づける動きが拡がれば、世界大で原子力への投資に慎重となっていた流れに変化が生まれ、例えば日本がEU加盟国における原子力事業を行う際に留まらず、日本国内あるいはEU以外の海外で原子力事業を行う際にも、より資金の調達や市民による受容がスムーズになる可能性も期待される。


[※1]EU規則(加盟国を直接法的に拘束するEU法令)をはじめとするEU法令は、欧州委員会(EC)が提案した法案をもとに欧州議会と理事会が審議・交渉し、その結果まとまった最終案を議会と理事会それぞれが採択することで法案が成立する。これに対し、委任法令はECに策定が委任され、欧州議会・理事会の採択を経ずに成立する(議会・理事会による意見、委任の取消は可能)。通常の立法過程を経るEU法令と区別するため、「委任」法令と呼ばれている。

[※2]欧州委員会のための科学技術シンクタンク。欧州委員会の委託を受けて原子力に関する包括的評価を実施した。


●参考文献
・欧州委員会ウェブサイト、EU taxonomy for sustainable activities
https://ec.europa.eu/info/business-economy-euro/banking-and-finance/sustainable-finance/eu-taxonomy-sustainable-activities_en 、2021年10月1日閲覧
・Factsheet: HOW DOES THE EU TAXONOMY FIT WITHIN THE SUSTAINABLE FINANCE FRAMEWORK?
https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/business_economy_euro/banking_and_finance/documents/sustainable-finance-taxonomy-factsheet_en.pdf
・Joint Research Centre (JRC) , “Technical assessment of nuclear energy with respect to the ‘do no significant harm’ criteria of Regulation (EU) 2020/852 (‘Taxonomy Regulation’ 
https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/business_economy_euro/banking_and_finance/documents/210329-jrc-report-nuclear-energy-assessment_en.pdf
・Joint letter from the Czech Republic, French Republic, Hungary, Republic of Poland, Romania, Slovak Republic and Republic of Slovenia on the role of nuclear power in the EU climate and energy policy, 2021年3月19日 
https://www.gov.pl/attachment/bd1f8464-9a68-4bf7-9e86-b210ddd22dc7
・ドイツ、オーストリア、デンマーク、スペイン、ルクセンブルク閣僚共同書簡、2021年6月

以上

【作成:株式会社三菱総合研究所

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