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【国際】 EUにおける原子力再興の機運

2022年3月24日

   2010年代以降、東京電力福島第一原子力発電所事故や景気停滞の影響から、中国やインドといった一部の国々を除き、世界の多くの地域で原子力発電所建設の新規計画が停滞した。欧州の多くの国が加盟する欧州連合(EU)も例外ではない。しかし近年そのEUで、既存炉の長期運転に加え、新炉建設やリプレースの計画の動きが活発化するなど、原子力利用の機運が再び高まっている。脱炭素化の進行ペースの鈍化が見えつつあった数年前から、原子力再評価の予兆は見えていた。EUは域内全体での再生可能エネルギー(再エネ)拡大や排出量取引(ETS)運用など、脱炭素化対策で世界に先駆けた取り組みを行い、これらの施策は一定の効果を上げてきた。それでもなお、持続可能な脱炭素化を実現するには足りないことが明らかになってくるにつれ、そのギャップを埋めるさらなる選択肢として、脱炭素電源としての原子力発電の価値に目が向けられるようになってきたのである。 
   EUは2019年末に域内全体で2050年カーボンニュートラルを目指す方針を打ち出し、そこからさらなる脱炭素化の取り組みの強化に舵を切ったが、こうした脱炭素化の加速のタイミングに被さるように、昨今のウクライナ情勢の緊迫化など、2021年以降はとりわけエネルギー危機の切迫度を増す、さまざまな出来事が重なった。
   2050年カーボンニュートラルに向けてもはや脱炭素化の推進に後戻りはなく、エネルギー供給と価格の安定、エネルギー安全保障の問題が緊急の課題として立ちはだかる中、原子力はもはや、EUにおいてもその存在を無視できないものとなりつつある。本稿ではEU域内の原子力発電の状況を踏まえた上で、新設等の状況、またEUで原子力活用の動きが活発化している背景について整理する。

   欧州における原子力の状況:加盟国の約半数が「原子力国」
   欧州委員会の統計部局であるEurostatによると、2020年末時点でEU域内(離脱した英国除く)では、加盟27カ国中13カ国が原子力発電を行い、106基の原子炉で域内の発電電力量の25%を供給した。原子力は、37.5%を占める再エネと共に、欧州の脱炭素電源の一角を担っているというのが現状である。図 1に示すように、既存原子力国13カ国のうち9カ国では原子炉が建設中、あるいは計画や提案がなされている。計画なしとなっているスウェーデンについても具体の計画はないものの、政府はリプレースを容認しており、原子炉新設は可能である。ドイツ(2022年全炉閉鎖)、ベルギー(原則2025年までに閉鎖)とスペイン(2035年までに全炉閉鎖)の3カ国は脱原子力の方針である[※1] 。既存炉については、多くの炉が40年等を超える長期運転を行っており、脱原子力国であるスペインでも、費用対効果の高い地球温暖化対策として、一部原子炉を40年超運転する方針である。なお「原則」2025年閉鎖としてきたベルギーは、2022年3月18日に、このところの地政学的状況(ロシアによるウクライナ侵攻)を踏まえ、エネルギー自立確保の観点から、運転中の全7基のうち2基の運転を10年延長する方針を決定した。すなわち、脱原子力の完了時期を2035年へと後ろ倒しする意向である。加えてポーランドが原子力発電の新規導入計画を進めており、いずれはEU圏の東側を原子力国が固める格好となる。


図 1 EU内原子力13カ国+ポーランド(新規導入国)における原子力への姿勢
出所)世界原子力協会(WNA), “World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements” ほかに基づき三菱総合研究所作成

   EUにおける原子炉新設計画:フランスは「原子力ルネッサンス」を宣言
   EU加盟国の中でもフランスは、発電電力量の7割を原子力が占める世界有数の原子力大国であり、2022年3月現在、EU域内で最も大規模な原子炉新設計画を打ち出している。そのフランスも直近まで、既存炉14基の閉鎖と再エネ拡大により、2035年までに原子力比率を50%まで低減させる「減原子力」を打ち出していた。ただしその中でも、2035年以降の脱炭素電源確保のため、6基の欧州加圧水型原子炉(EPR)の新設を検討するとしており、原子力という選択肢の維持の方向性を見せていた点には留意が必要である。新規建設について、マクロン大統領は2022年2月10日に計画を明らかにした。その内容は、「減原子力」を撤回し、「フランスの原子力ルネッサンス」を宣言するものであった。既存炉の閉鎖は撤回して40年超の長期運転を基本とし、新設についてはEPRの改良型であるEPR2の6基建設にゴーサインを出すとともに、8基の追加建設(2050年までに最大14基の新設)も検討するとしている。マクロン大統領は、環境と経済効果の両面からも「再エネと原子力の2つの柱に同時に賭ける以外の選択肢はない」と宣言し、原子力と再エネ、両方の拡大を進める意向を明確にしている。なお、マクロン大統領がこの新設計画を発表した場所とタイミングも、「フランスの原子力ルネッサンス」宣言を象徴する意図で選定されたものである。演説の舞台となった、フランス東部の原子力向けタービン製造工場は、元はフランス企業傘下であったが、買収により米国GE社傘下に入った。しかしまさしく、大統領演説が行われたその日、フランス電力(EDF)が、この工場を含む原子力事業の一部を、米国GE社から買収する契約を締結した。こうした原子力産業の「再フランス化」は、原子力ルネッサンスに向けた国内原子力産業基盤の立て直しへのマクロン政権の意思を、強く印象づけるものである。
   この他既存原子力国ではチェコ、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニアといった東欧に加え、オランダでも新設計画が再び動き出した。オランダでは10年ほど停滞していた新炉建設計画について、政府が2021年12月に、2基建設の方針を表明している。これらの国々では、新設炉までの橋渡し、発電設備容量の確保方策として、既存炉の長期運転も併せて行う。
   さらに、原子力への新規参入計画を進めている国もある。石炭依存がEU内でもとりわけ高いポーランドでは、2カ所6基という、欧州としては大規模な原子力新規導入を予定している。2033年の初号機試運転を目指し、その後2043年までに順次、計6基を運開させていく計画である。

   EUにおける原子力再興の背景:脱炭素化、安定供給、安全保障の問題が同時進行で先鋭化
   巨額の初期投資が必要な原子力拡大は、資金調達の難しさもあり、これまで長らく停滞していた。それが再び動き出してきた背景には、冒頭にも触れたように、EUにおける脱炭素化の加速、主にロシア依存のエネルギー供給体制に起因するエネルギー危機などの要因がある。
   EUでは、各加盟国が自国のエネルギーミックス構成を自ら決定する権利を持つというのが原則である。EUには原子力利用に積極的な国と、強く反対する国の両方があり、原子力を巡り鋭く対立を続けてきた。上述のとおり原子力利用の是非は各国の判断であるという考え方から、従来EU自体は、原子力を否定するスタンスも、あるいは特に推進・評価するスタンスもとってこなかった。しかし2020年代を迎えるころになって、少しずつ風向きに変化が現れた。2019年11月には、欧州議会が気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)に向けて採択した決議文において、原子力について放射性廃棄物問題等の中長期戦略が必要としつつも、気候目標達成と域内電力供給への貢献を評価する文言を盛り込み、注目された。
   2019年末には欧州委員会が、2050年カーボンニュートラルを域内共通の気候目標として掲げる「欧州グリーンディール」を打ち出した。これに伴い中間目標となる2030年の温室効果ガス削減目標も、従来の1990年比40%減から55%減に引き上げられた。
   直近のマイルストーンとして「2030年55%減」という野心的な目標を立て、EU全体として持続可能性を追求して行く中で、EUはこれまで避けてきた原子力へのスタンスに向き合うこととなった。EUでは、サステナブル金融の域内共通規律の構築に向け、「EUタクソノミー」の確立に取り組んでいる。EUタクソノミーは、どの経済活動が真に持続可能なのか、またどのような条件を満たせば持続可能と認められるのかを、EU法の枠組みで決めていくものである。この枠組みで、原子力を活用しやすい投資環境の整備を求める国々と、これに反対する国々の間で議論が戦わされた。
   その結果として、まだ終着点には至っていないが、2022年2月に原子力を「タクソノミー入り」させ、サステナブル投資の対象に組み入れるとともに、その条件を示す規則が欧州委員会で採択された。2023年の発効まで、あと一息というところまで来ている(図 2参照)。


図 2 原子力の「EUタクソノミー入り」の流れ
出所)欧州委員会ウェブサイト ほかに基づき三菱総合研究所作成

  もう一つの大きな要因で、上述のタクソノミー議論にも少なからず影響したのが、新型コロナウイルス流行による停滞からの経済活動回復に伴うエネルギー需要の増加、天然ガス価格の高騰によるエネルギー価格の上昇である(例として、ドイツにおける電力卸売価格推移を図 3に示す)。天然ガスはEUのエネルギー消費の1/4を占め、そのうちの約1/4強が発電に使用されるが、大部分はロシアからの輸入に頼っている。2021年10月には、フォンデアライエン欧州委員長(ドイツ)が、天然ガスとその輸入への過度な依存がEUを脆弱にしてきたと指摘すると共に、将来の脱炭素かつ自立したエネルギーミックス実現に向け、再生可能エネルギーに加え、安定した供給源である原子力が必要であると発言した。欧州委員会の委員長が原子力の必要性に明確に言及したことは、EU内において、原子力を持続可能なエネルギーとして位置づけていく流れを、大きく印象づけるものであった。(参照:【世界】世界的なエネルギー価格高騰が示唆する、エネルギー源多様化の必要性



図 3 ドイツにおける電力卸売価格推移(2021年~2022年2月)
出所)連邦ネットワーク庁電力市場データ(SMARD)に基づき三菱総合研究所作成

   天然ガスの需給ひっ迫は、カーボンプライシングにも波及した。EU排出量取引制度(EU-ETS)では従来、経済低迷期に排出枠の余剰が積み上がったことなどから、排出枠価格が低迷し、脱炭素化のインセンティブが薄れてしまうことが問題となっていた。その対策として制度改正が行われたことや、EU全体での脱炭素化加速方針を受けて、2018年頃から排出枠価格が上昇基調にあった。そこに風力の低調も重なって天然ガスの代替として一部で石炭火力への回帰が起こり、排出枠価格の上昇にも拍車がかかったのである。2020年初めに24ユーロ/tCO2であった排出枠オークション価格は、2022年2月初旬には97ユーロ/tCO2と、一時、100ユーロ台に迫る勢いとなった(図 4参照)。脱炭素化の進展に応じて炭素価格が徐々に上がっていく分には、企業や社会の脱炭素・省エネ努力で一定程度、そのコストを回避・カバーできる。しかし今般のような排出枠価格の急騰は、足下の努力でとうてい吸収できるものではなく、資源価格高騰と合わせてエネルギー価格をさらに押し上げる要因となっている。EU加盟各国ではこのような状況下で、特に影響を受けやすい所得の少ない世帯への給付金支給や、電力に係る税の軽減等、エネルギー価格高騰による市民生活や経済活動への影響緩和に苦慮している。


図 4 EU-ETS排出枠オークション価格の推移(2020年~2022年3月)
出所)EEX “Emission Spot Primary Market Auction Report 2020~2022”に基づき三菱総合研究所作成

   このように、脱炭素化の加速、エネルギー安定供給両立の問題がクローズアップされる中で、原子力がEUレベルで、再エネを補完する脱炭素電源オプションとして位置づけられる方向となってきた。そしてEUの姿勢が見えてきたところで、エネルギー問題は現在進行形でさらに先鋭化している。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻である。このことにより、エネルギー資源の大供給地であるロシアとEUの関係性は決定的に悪化した。ロシアからの資源輸入の減少が見込まれ、目下、エネルギー危機の長期化は避けがたい様相となっている。エネルギーの手綱を他者に握られることの危うさは以前から意識されてきたが、それがついに顕在化した。こうした中でベルギーが、脱原子力を2025年から2035年に後ろ倒しする方針を示したことは、上述のとおりである。
   原子炉新設を計画するEUの国々はいずれも、原子力のみに力を入れようとしているわけではない。それぞれの気候、地理的要因に応じて、可能な範囲で再エネ拡大を図る方針である。その上で、エネルギーの脱炭素化と安定供給、そして安全保障を確実なものにするには、原子力という「もう一つの柱」が必要と考えているのである。

   最後に:強靱なエネルギー供給に向けて---社会全体での議論が必要
   EUで、原子力利用に追い風が吹いてきたことは確かである。EUタクソノミーで、原子力への投資が持続可能な投資と認められるようになれば、民間での資金調達や、加盟各国での財政的支援がしやすくなるなど、原子力の課題である初期費用の資金調達にも光明が差すことが期待される。ただし当然、これには条件がある。EUタクソノミーにおける原子力の条件(技術スクリーニング基準)では、最新のEU指令、国際基準に基づき、最高度の安全性確保を求められる。またさらに放射性廃棄物に関しては、中低レベルについては放射性廃棄物処分場の稼働、高レベルに関しても2050年めどの地層処分場操業に向けた明確なステップを示す具体的な計画を持つことなどが規定されている。原子炉新設は2045年建設許可発給のものまで、運転延長は2040年承認取得のものまでなど、タイムリミットもある。つまり、原子力なら何でも持続可能な活動と認められるわけではなく、決して低くはないハードルを乗り越えることを求められる。
   本稿で紹介した欧州における動向は、安全性や処分場問題等、原子力の課題に向き合うことを前提とした上で、それぞれの地域や国情に応じて、原子力を脱炭素化、電力の安定供給、エネルギー自立に活かしていこうというものである。
   我が国でも、2021年に閣議決定された第6次エネルギー基本計画において、低炭素の純国産エネルギー源として、原子力を重要なベースロード電源と位置づけ、安全を第一としつつ、再エネと併せて利用する方針が示されている。
   エネルギー価格の高騰、そしてこれに拍車をかけたロシアによるウクライナ侵攻といった目下の情勢は、このところ注目が集まっていた脱炭素化に加えて、エネルギーにおける安定供給、安全保障という価値の重要性を、改めて認識させることとなった。これは欧州だけではなく、我が国にも共通する問題である。エネルギー価格の高騰は世界に拡がっている。そして我が国はもとよりエネルギー資源に乏しく、加えて島国である。エネルギー資源産出国・地域の政情や我が国との国際関係は、我が国のエネルギー供給に、多大な影響を及ぼす。改めて、エネルギー基本計画等で掲げる基本方針「S+3E」[※2] の重要性を認識し、我が国のエネルギーミックス、エネルギー供給がどうあるべきかを、さまざまな課題点も含めて、電源立地地域等の特定の地域だけでなく、社会、国全体で、自分ごととして議論・検討していくことが必要だろう。


[※1]このほかイタリアも、過去に原子力発電を行っていたが全原子炉を閉鎖し撤退済み
[※2]安全性(Safety)を大前提とし、自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時達成するというエネルギー政策の基本方針



●参考文献
・欧州委員会、Eurostat “25% of EU electricity production from nuclear sources”、2022年1月11日
https://ec.europa.eu/eurostat/web/products-eurostat-news/-/ddn-20220111-1
・三菱総合研究所作成、【世界】 世界的なエネルギー価格高騰が示唆する、エネルギー源多様化の必要性、2022年1月12日
https://www.fepc.or.jp/library/kaigai/kaigai_topics/1260655_4115.html
・欧州委員会、EUタクソノミー補完委任法令
・欧州委員会、Speech by President von der Leyen at the European Parliament Plenary on the preparation of the European Council meeting of 21- 22 October 、2021年10月20日
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/speech_21_5381
・ドイツ連邦ネットワーク庁電力市場データ(SMARD)
https://www.smard.de/home
・EEX “Emission Spot Primary Market Auction Report”
https://www.eex.com/en/market-data/environmental-markets/eua-primary-auction-spot-download
・仏大統領府、マクロン大統領演説「我々のエネルギーの命運を取り戻す!」、2022年2月11日
https://www.elysee.fr/front/pdf/elysee-module-19285-fr.pdf
・ベルギー首相府、「ドール4号機とチアンジュ3号機の運転延長」、2022年3月18日、
https://www.premier.be/fr/prolongation-de-la-duree-de-vie-des-centrales-doel-4-et-tihange-3

 以上
【作成:株式会社三菱総合研究所

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