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【世界】 エネルギー安全保障がクローズアップされる中での原子力サプライチェーン維持の重要性

2022年5月27日

   2月24日、ロシアはウクライナへの侵攻を開始した。この「ロシア・ウクライナ情勢」はいまだ解決の糸口が見えない。
   民間人の犠牲者を出し、ウクライナの人口の1割を超える避難民を生み出しているこの情勢の非人道性や国際秩序への影響は極めて深刻だが、ここでは世界のエネルギー状況への影響に注目し、エネルギー安全保障の確保に向けた、準国産電源である原子力のサプライチェーン維持の重要性について検討する。

【世界のエネルギー状況への影響が懸念】
   2月24日のロシアによるウクライナ侵攻後、西側諸国はいち早くロシアへの制裁の方針を打ち出した。ロシア政府関係者等の資産凍結、ロシアの特定の銀行の国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除等の金融制裁、ロシア大使館員の国外退去措置等の外交措置に加え、ロシアの国家収入の45%(2021年、IEA)をなすエネルギー資源の輸入抑制・禁止措置で足並みをそろえた対応を検討している。
   ロシアは、原油についてはサウジアラビア、米国に次ぐ世界第3位の生産国であり、天然ガスでは米国に次ぐ世界第2位の生産国であり、輸出量では世界最大である。
   とりわけ欧州はこれまで数年にわたりロシアの天然ガスへの依存度を高めてきており、IEAによれば、2021年の欧州のガス需要の40%近くがロシアからの輸出で賄われていた。ウクライナ情勢を受けて欧州連合(EU)は3月8日にREPowerEUと称する計画を発表、2030年までにロシア産化石燃料への依存から決別すること、短期的には高騰を続けるエネルギー価格に対する対応をとり、年内にはロシアからのガスへの依存度を現状の2/3にまで減らすべく代替策を模索し、次の冬に備えて十分なガス在庫を確保する方針などを明らかにした。また、クリーンエネルギーへの転換を加速化する方針も改めて表明した。
   こうした対ロシア措置の一方、欧州は電力料金が引き続き高止まりしており、この影響を軽減するため、経済的弱者に対する金銭的補償や規制による電力価格高騰対策が3月23日に発表された。
   ウクライナ情勢を受けたエネルギー価格高騰は、日本にとっても対岸の火事ではない。日本は 天然ガスの9%、石炭の11%をロシアに依存しており(図1)、直接的にロシアからの輸入に影響が出ることはもちろんだが、世界の資源高騰がロシア以外の地域からの調達に与える影響も大きなものとなっている。


図 1 ロシアへの資源依存度
(出典)経済産業省資源エネルギー庁、「クリーンエネルギー戦略の策定に向けた検討①」、2022年4月14日資料より抜粋
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/green_transformation/pdf/006_01_00.pdf

   ロシアによるウクライナ侵攻後の原油価格は4月時点でも100ドル/バレル前後で推移、天然ガス(アジアLNGスポット価格JKM)価格も30~35ドル台から3月には一時84ドル台まで急騰、石炭価格も過去最高値を更新して高価格の水準のまま推移している。
   民主主義の価値観を共有する地域での有事に対して他国と協調して制裁を講じていくことは日本の責務である一方、燃料、電力は決して途切れさせてはならないライフラインである。
   4月8日には総理が記者会見でロシアからの石炭輸入禁止、エネルギー分野でのロシアへの依存低減を表明したと同時に、夏や冬の電力需給逼迫を回避するため、再エネ、原子力などエネルギー安保及び脱炭素の効果の高い電源の最大限の活用を図ることを明言した。

 
【原子力再稼働には健全なサプライチェーンの維持が不可欠】
   今夏、今冬という足元の電力需給逼迫を回避するために原子力を活用しようとするなら、まずもって着手すべき対策は、安全性が確認された既設炉から順に再稼働を実現することに他ならない。ところが、2022年4月現在でも、原子力施設新規制基準の適合性審査に合格して再稼働を果たした原子炉の数はいまだ10基にとどまる。審査が終了して設置変更許可を受けた原子炉7基、審査中の原子炉10基の再稼働に向けた迅速な動きが望まれる(図2)。


図 2 日本の原子力発電所の再稼働状況
(出典)経済産業省資源エネルギー庁 日本の原子力発電所の状況、
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/nuclear/001/pdf/001_02_001.pdf、2022年5月12日閲覧

   しかし、再稼働さえ実現すれば安定的な電力供給が保証されるというものではない。安全な運転を支える、技術力、モラル、経験を有した運転・保守人材の厚い層が安定的に確保されていることが必要であり、また、必要な時に必要な保守部品を提供する資機材サプライヤー、適時に保守を行うことのできる技術提供事業者から成る原子力産業サプライチェーンが健全に保たれていることが必須である。
   日本では、再稼働の遅れと、原子力産業の先行き不透明感から、安全上重要な資機材サプライヤーが事業から撤退していることは報道等でも知られるところである。燃料部材を供給するジルコプロダクツが2017年に、原子炉圧力容器やタービン等の鋳鍛品を提供する日本鋳鍛鋼が2020年にそれぞれ廃業しているほか、川崎重工業、明電舎といった大手企業でも原子力事業からの撤退を決めた。
   原子力発電プラントは、火力発電所の数倍にも及ぶ、1000万点にも達するといわれる部品点数から構成される複雑な巨大施設である。このような施設を安全に運転・利用するために必要な高い技術力と高度な品質管理を支える高いモラルが維持されることが必要であり、また、プラントに何らかの異常が生じた場合には、その解決には複数分野の知の統合が必要である。
   原子力発電プラントの研究開発・設計・建設・運転保守・廃炉に至るまで、サプライチェーンを支える重要なプレイヤーがいったん撤退すれば技術・モラル・知の統合力の伝承は途絶え、その回復には多大な資金と時間が必要となる。このことは、約35年ぶりにプラント新設に取り組んだものの、エンジニアリング能力やプロジェクトマネジメント能力の劣化や資機材サプライチェーンの撤退により大幅な建設遅延を経験した米国のAP1000建設の例や、1990年代以降、電力自由化や国の経済構造変革によって原子力プラントの研究開発や製造能力をいったん手放した英国が、エネルギー安全保障上等の理由から原子力の積極利用政策を打ち出し、約30年ぶりの新設に取り組もうとした際に、規制当局からサプライチェーンマネジメントや品質管理体制等、多数の改善すべき項目を指摘され、対応に相当の時間を要した例などからも読み取ることができる。

【わずか数年のブランクでもサプライチェーンに深刻な影響】
   サプライチェーンが大いに棄損した米国、英国の例は、30年という長い新設ブランクがもたらした、ごく特殊な例だととらえることはできない。
   現在でも24基の原子炉を運転する韓国では、脱原子力発電に最後まで固執した韓国の文政権は3月の大統領選の結果、原子力積極利用への回帰を公約に掲げた野党に政権の座を譲り渡し、韓国は5年ぶりに原子力積極利用へと方向を転換することとなった。
   5月に発足したばかりの尹錫悦(ユン・ソンニョル)新政権は、3月末に行われた原子力安全委員会からの政権引継報告の席で、文政権時の、既設炉の運転延長禁止、新設禁止といった方針を撤回することが大統領選の公約であることを改めて確認し、既設炉の運転認可延長、新設の再開、さらには、これまで韓国が蓄積してきた原子力技術・知見を活かした革新炉開発に対し、規制当局としても適切に対応することを求めた。
   しかしその一方で、文政権の5年間の脱原子力政策の影響で、韓国を代表するグローバル企業である斗山エナビリティ(旧斗山重工業)、韓国電力公社ともに経営は大幅に悪化し、サプライチェーンの疲弊もしばしば大統領選で話題となった。斗山エナビリティ、および韓国電力公社の子会社であり原子力発電事業を担う韓国水力原子力から5年間でそれぞれ約600名、合計1200名近くの原子力人材が職を離れたという。その理由は「国内の原子力産業には将来ビジョンが見えないから」だという。
   新政権は既設炉の運転認可延長、新設再開への早期着手に意気込みを見せるが、わずか5年でもサプライチェーンの屋台骨が弱体化していることは明らかであり、運転延長に伴う審査対応、新設再開に向けたサプライチェーンの立て直しにも時間を要するのではないかと専門家は警鐘を鳴らす。

【日本への示唆】
    この2月に再開された原子力小委員会、および次いで開催された3月の産業構造審議会グリーントランスフォーメーション推進小委員会の議論でも強調された原子力サプライチェーンの維持の重要性は、現下の世界のエネルギー安全保障の情勢から一層強まったといえる。
   日本がまずもって取り組むべきは新規制基準の適合性審査に合格した原子炉を迅速に再稼働させ、エネルギー安定供給に一刻も早く貢献することであろう。
   しかし、海外の状況に照らすならば、エネルギー安全保障の確保の観点からは既設炉の安全な運転という足元の課題にとどまらず、原子力産業のライフサイクル全体、すなわち研究開発・設計から、建設・運転保守・廃炉に至るすべての領域において、より中長期視点での官民・業界を挙げての原子力利用への取組みが重要であろう。



【参考文献】
●外務省、ウクライナ情勢に関する対応、2022年5月12日閲覧(今後順次改訂)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/c_see/ua/page3_003225.html
●外務省、「Japan Stands with Ukraine」、2022年5月12日閲覧(今後順次改訂)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100342374.pdf
●三菱総合研究所、ロシアのウクライナ侵攻による世界・日本経済への影響、2022年3月9日
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/ecooutlook/2022/dia6ou000003zs96-att/nr20220309pec.pdf
●電力中央研究所、ロシアによるウクライナ侵略を踏まえた西側諸国のエネルギーを巡る対応―国際秩序の維持とエネルギー政策のトレードオフー(2022年4月15日版)
https://criepi.denken.or.jp/jp/serc/discussion/download/22001dp.pdf
●International Energy Agency、Energy Fact Sheet: Why does Russian oil and gas matter?
https://www.iea.org/articles/energy-fact-sheet-why-does-russian-oil-and-gas-matter
●欧州連合、REPowerEU: Joint European action for more affordable, secure and sustainable energy、2022年3月8日
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_1511
●資源エネルギー庁、クリーンエネルギー戦略の策定に向けた検討① (エネルギー安全保障の確保と脱炭素化に向けた取組)2022年4月14日
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/green_transformation/pdf/006_01_00.pdf
●岸田内閣総理大臣記者会見、2022年4月8日
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/0408kaiken.htm
●令和元年度原子力の利用状況等に関する調査(国内外の原子力産業に関する調査)報告書、株式会社三菱総合研究所、2020年3月30日
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2019FY/000406.pdf
●ONR, Chief Nuclear Inspector’s Inspection of NNB GenCo Ltd.’s Supply Chain Management Arrangements for the Hinkley Point C Project, 15, March, 2018
https://www.onr.org.uk/documents/2018/cni-inspection-hpc-2017.pdf
●韓国産業通商資源部、第10回原子力振興委員会、2021年12月27日
http://www.motie.go.kr/motie/ne/presse/press2/bbs/bbsView.do?bbs_seq_n=165083&bbs_cd_n=81&currentPage=41&search_key_n=title_v&cate_n=&dept_v=&search_val_v=
●韓国第20代大統領職引継委員会、原子力安全委員会業務報告、2022年3月25日
https://20insu.go.kr/news/30
●アジア経済、「脱原子力で専門家が大量に退職、KHNPだけで671名」、2022年4月19日
https://cm.asiae.co.kr/article/2022041909140825956?fbclid=IwAR1xCSVtOIIVVOib1RWY7_hnCWeAI70bog4WLdltBQ31xS2me2qb556iMA0

以上

【作成:株式会社三菱総合研究所

 

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