海外電力関連 トピックス情報

【国際】 ALPS処理水の安全性に関するIAEAレビュー報告書

2022年11月8日

   国際原子力機関(IAEA)は2022年4月29日、東京電力福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の処分の安全性に関するIAEAレビュー報告書(以下、「IAEA報告書」とする。)を公表した。IAEA報告書は、同年2月14日から18日にかけて経済産業省および東京電力に対して行われたIAEA職員および国際専門家によるレビューを通じた見解を取りまとめたものである。本稿では、IAEA報告書公開に至るまでの背景、報告書のポイント、および今後の計画について述べる。

ALPS処理水を巡る状況とその科学的特性
ALPS処理水とは、汚染水[※1] をALPS(多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System))を含む複数の浄化設備で処理した水のことをいう。福島第一原子力発電所では敷地内に約137万m3のタンクを建設し、ALPSにて処理したもののトリチウム以外の核種が海洋放出の際の規制基準値を上回る「処理途上水」や、ALPSにて処理しトリチウム以外の核種が海洋放出の際の規制基準値を下回る「ALPS処理水」を貯蔵している。一方で、10月13日時点でタンク容量全体の96%が使用中となっており、2023年夏から秋頃にはタンクが満杯になると推定されている。また、タンクやその配管設備等が既に発電所の敷地を大きく専有しており、現在の保管状況を見直さなければ、今後の廃炉作業の支障となる可能性がある。このような状況を受け、政府は2021年4月13日、ALPS処理水の処分に関する基本方針(以下、「基本方針」とする。)を決定した。基本方針では、安全かつ着実に廃炉を推進するために、専門家の立場から放射線防護に関する勧告を行う国際学術組織である国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に沿って定められている規制基準を厳格に遵守し、安全性を確保した上で海洋放出を行うとしている。
「ALPS処理水」は、トリチウム(三重水素)以外の放射性物質が規制基準値を確実に下回るまで浄化されており、安全性の観点では規制基準値を超えているトリチウムが問題となる。トリチウムとは、一般的な水素に2つの中性子がついた元素であり、紙1枚で遮ることができるほどエネルギーが弱い放射線(ベータ線)を放出する。トリチウムが酸素と結合してできた水は「トリチウム水」と呼ばれ、自然界にも存在しており、化学的性質は通常の水と同じである。そのため、トリチウム水を摂取しても通常の水と一緒に排出されることとなり、上述のベータ線の特性も踏まえて人体への影響は他の放射性物質よりも小さいとされている。また、化学的には水と区別できないことから、トリチウム水だけを分離することは極めて難しい。このように、①人体への影響が小さい、②分離が困難であることから、海外の原子力施設でも国際的な基準に従ってトリチウムの海洋放出が行われている。
政府方針では、安全性への懸念等を払拭する観点から、海洋放出におけるトリチウム濃度の上限を、既に排水されている地下水等の運用目標と同等の1,500Bq/Lとしている。また、年間のトリチウムの放出総量を22兆Bq未満としている。この値は事故前の福島第一原子力発電所における放出管理値であるが、海外にはより多くのトリチウムを放出している原子力発電所も存在する。(表1)



東京電力は2021年4月16日に、基本方針を踏まえた対応を公表し、必要な認可手続きが開始されるまでに安全性評価の結果を公表して専門家のレビューを受けることとしていた。その後、2021年11月には放射線影響評価報告書(設計段階)が公表された。同報告書では、国際的に認知された評価手法により、実測値の核種組成によるソースターム[※2]を用いると年間の被ばく量が0.00031mSv/年以下、被ばく影響が相対的に大きい核種のみの構成によるソースタームを用いた保守的な条件[※3]であっても0.0021mSv/年以下となることが示されている。これはICRP勧告に基づく一般公衆の線量限度(1mSv/年)や国内原子力発電所の線量目標値(0.05mSv/年)[※4]を大きく下回っている。なお、この値は日常生活で受ける放射線量(日本平均2.1mSv/年)と比較しても小さい。(図1)



レビューミッションの経緯と概要
基本方針では以下の方針が示されている。
   ●IAEAへの情報提供や外交団への説明を通じた、高い透明性をもった情報提供を継続していく
   ●風評被害を抑制するためにモニタリングを拡充するとともに、IAEAの協力を得て分析能力の信頼性を確保するなどして、客観性・透明性を高める
これらを踏まえて政府は、IAEAに対してレビューミッションの実施、環境モニタリングの支援、国際社会に対する透明性の確保における協力を求め、2021年7月に協力の枠組みに関する付託事項に署名した。
2022年2月には付託事項に基づき、IAEAの国際安全基準に基づいたALPS処理水の安全性に関する評価・レビューが実施された。訪日したレビューチームは、IAEA職員と国際的な専門家(アメリカ、アルゼンチン、ベトナム、韓国、フランス、中国、英国、ロシア)から構成されている。このIAEAの安全基準に沿ったレビューでは、放出プロセスの安全性や放出設備等に関する技術的な確認や、東電による放射線影響評価報告書の確認、現地調査などが行われ、レビュー結果はIAEA報告書として取りまとめられた。

IAEA報告書の概要と安全性に関する見解
IAEA報告書では、以下に示すように8つの技術的事項ごとに経済産業省及び東京電力との議論のポイントや見解が取りまとめられている。(表2)特に、東京電力による放射線影響評価について、評価条件の妥当性や、結果として得られた被ばく量の安全性に問題がないことが示されている。また、評価結果に基づくと、安全性を確保しながら放出可能な上限量が現在の上限量である22兆ベクレルよりも大きくなることを示すとともに、放出量が22兆ベクレルを超えたとしても安全性に係る基準を満たしていることは利害関係者の信頼構築につながるとの見解を示している。一方で、放射線影響評価以外も含め、安全基準に準拠していることが明確となるように、検討内容や取り組みについてより詳細な情報も含めて文書化する必要があるとしている。これらの見解を踏まえることで、安全基準への適合性がより明確となり、その結果として、信頼の構築が促進されることが期待される。



今後の計画および展望
今回のレビューは、安全性の評価に係る一連のミッションの第一段階として実施されたものであり、今後もレビューが継続される。東京電力と経済産業省はレビューの結果を取り組みに反映し、次回のALPS処理水の安全性に関するレビューでフォローアップを受けることになる。2回目のレビューは2022年11月7日~14日に予定されており、最終報告書はALPS処理水放出実施前に取りまとめられる。また、ALPS処理水の放出中及び放出後にもIAEAによるレビューが行われる計画である。レビューと見直しを継続的に行うことは、長期にわたる放出期間の中で、状況の変化を踏まえたより良い施策を講じることにつながるだろう。実際に東京電力は2022年4月28日に、レビュー結果や国内での議論を踏まえて放射線影響評価を改訂した。改訂版では、内部被ばく経路の拡充や不確かさに関する検討の詳細化、過大な保守性を排除したより実態に即した評価などを行った上で、安全性を改めて確認している。
今回公表されたIAEA報告書は、最終的な結論ではないものの、独立した国際機関による評価を示すものであるといえる。このようなIAEAとの協力体制を通じて安全性に対する第三者確認や外部意見の反映を行い、客観性・透明性を確保しながらALPS処理水の安全性を国内外に示すことは、海洋放出の第一条件である安全性の担保のみならず、風評被害を抑制する観点からも重要であるといえる。2022年6月2日に開催された韓国政府に対するALPS処理水に関する説明会においても、IAEA報告書の内容が紹介された。韓国メディアによると、韓国政府は安全性が証明され、公衆が安全性を確信するまでコミュニケーションを取るべきであると強調するとともに、同説明会の開催は日本が誠意を示していることの表れと解釈できるとしている。
また、IAEA報告書では、国や東京電力が多くの情報を公開することで利害関係者や一般市民を対象とした透明性が高いコミュニケーションに取り組んでいる一方で、リスク低減や廃炉の最適化といった概念は一般公衆にまだ広く理解されていないとの見解を示している。2022年7月22日に原子力規制委員会から放出関連設備に関する実施計画の認可を受け、8月2日には福島県、大熊町、双葉町から工事着工に必要となる事前了解を得たことから、東京電力は8月4日から設備工事を開始している。このように放出に向けた取り組みが着実に進む一方で、漁業関係者をはじめとした関係者から海洋放出への理解をどう得ていくかが課題だ。海洋放出が廃炉作業の円滑化に貢献するだけではなく、老朽化や災害による漏えいリスクを伴う長期保管のリスク低減に繋がることも発信しながら、理解を求めていくことが必要になるのではないか。2023年春頃の放出開始目標に向け、IAEAレビューの結果を取り入れることで安全確保に万全を期すとともに、国内外での理解醸成に向けた情報発信を一層拡充させることが望まれる。

[※1]原子炉内部に残っている燃料デブリの冷却に用いられた水や、原子炉建屋に流れ込んだ地下水や雨水が、建屋内の放射性物質と接触することにより汚染されて発生する
[※2]放出されるALPS処理水の放射性物質の種類、量、形態
[※3]トリチウム以外の放射性核種の放出量が多くなる条件を設定し、さらに、海産物を多く摂取する人を想定することで、放射性物質の摂取量が現実的な値よりも多くなる条件としている。そのような条件のもとで放射線被ばく影響評価を実施することにより、現実的に見込まれる被ばく量が評価結果を確実に下回るようにしている。このような評価結果を国際的な安全基準等と比較することで、安全基準を確実に達成できるか判断している。
[※4]原子力規制委員会により、放射線影響評価の確認における考え方と評価の目安として、線量目標値0.05mSv/年はIAEA安全基準における線量拘束値に相当するとの見解が示されている。


●参考文献
・東京電力処理水ポータルサイト ALPS処理水等の現状
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/alps01/
・廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針」(2021年)
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/alps_policy.pdf
・JAEA ATOMICA「トリチウムの生物影響」(2000年最終更新)
https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_09-02-02-20.html
・IAEAプレスリリース(2021年7月8日付)
https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-to-review-and-monitor-the-safety-of-water-release-at-fukushima-daiichi
・東京電力ホールディングス株式会社「多核種除去設備等処理水(ALPS 処理水)の海洋放出に係る 放射線影響評価報告書 (設計段階)」(2021年)
https://www.tepco.co.jp/press/release/2021/pdf4/211117j0102.pdf
・経済産業省プレスリリース(2022年2月18日付)
https://www.meti.go.jp/press/2021/02/20220218005/20220218005.html
・IAEA, “IAEA Review of Safety Related Aspects of Handling ALPS-Treated Water at TEPCO’s Fukushima Daiichi Nuclear Power Station”, 2022
https://www.iaea.org/sites/default/files/report_1_review_mission_to_tepco_and_meti.pdf
・東京電力ホールディングス株式会社「多核種除去設備等処理⽔(ALPS処理⽔)の海洋放出に係る放射線影響評価結果(設計段階*)の改訂について」(2022年)
https://www.tepco.co.jp/press/release/2022/pdf2/220428j0303.pdf
・経済産業省プレスリリース(2022年4月29日付)
https://www.meti.go.jp/press/2022/04/20220429002/20220429002.html?from=mj
・東京電力ホールディングス株式会社プレスリリース(2022年5月2日付)
https://www.tepco.co.jp/press/news/2022/hd11126_8973.html
・外務省プレスリリース(2022年6月2日付)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press3_000843.html
・MKニュース「한일, 후쿠시마 오염수 국장급회의…"국제기준 맞게 처분돼야"」(2022年6月2日)
https://www.mk.co.kr/news/politics/view/2022/06/488629/
・東京電力ホールディングス株式会社プレスリリース(2022年8月3日付)
https://www.tepco.co.jp/press/release/2022/1663601_8712.html
・経済産業省プレスリリース(2022年9月9日付)
https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220909005/20220909005.html

以上

【作成:三菱総研グループ エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社

 

公式Twitterアカウントのご案内

海外電力関連 トピックス情報は、以下の電気事業連合会オフィシャルTwitterアカウントにて更新情報をお知らせしております。ぜひ、ご覧いただくとともにフォローをお願いいたします。

海外諸国の電気事業

 

米国

 

カナダ

 

フランス

 

ドイツ

 

イタリア

 

スペイン

 

英国

 

ロシア

 

スウェーデン

 

中国

 

インド

 

韓国

ページトップへ