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【国際】IAEA「2050年までのエネルギー、電力、原子力発電の予測」2022年版を公表 ~気候・エネルギー安全保障への懸念から、原子力の中長期見通しが上方修正~

2023年3月31日

   国際原子力機関(IAEA)は2022年9月、年次刊行物である「2050年までのエネルギー、電力、原子力発 電の予測」の2022年版(以下、『2022年版予測』)を公表した。『2022年版予測』の最大の特徴は、2030年、 2050年時点の原子力発電設備容量見通し全体が、前年予測から上方修正された点である。
   前年予測(『2021年版予測』)では、2050年カーボンニュートラル目標を筆頭とする気候保護への意識の高ま りを反映し、2011年の福島第一原子力発電所事故後はじめて、高位ケース(各国の気候変動対策も考慮した野 心的なシナリオに基づくケース)における2050年の原子力発電設備容量見通しが、前年版と比較して上昇に転じ た。2022年にはさらに、ロシアによるウクライナ侵攻でエネルギー安全保障への懸念が高まり、エネルギー価格も高騰した。世界で原子力発電利用の見直しや拡大を含めて、自国の電源ミックスを再検討する動きが拡がったことから、2年 連続で、IAEA予測における原子力の中長期見通しが上方修正されることになった。
   我が国もこうした世界的な潮流のただ中にある。政府は2023年2月10日に、安定供給と脱炭素の実現を通じて経済成長するためのエネルギー政策を閣議決定し、省エネの徹底、再生可能エネルギーや原子力など、エネルギー自給率向上に資する脱炭素電源に転換する方針を示した。原子力に関しては、安全性を大前提に、次世代革新炉による既存炉のリプレース、既存炉運転期間(現行では、停止期間含めて最大60年)の見直しを行う方針などが含まれている。
   本稿では、IAEA『2022年版予測』の概要を整理し、その予測の背景を考察するとともに、2023年3月現在にお ける世界の動きを念頭に、今後の展望と課題を示す。

『2022年版予測』の概要
   IAEAは1981年以降毎年、エネルギー、電力、原子力発電の予測を公表してきており、『2022年版予測』は42回目となる。IAEAによれば、予測は国毎のプラントの運転状況、運転認可の更新、閉鎖の計画、新設プロジェクトなどのデータに基づき、「ボトムアップ」アプローチで作成されている。従って予測はファクトを積み上げて客観的に導出されたものであり、原子力発電の利用に関するIAEAの勧告や提言を示すものではない。予測シナリオとしては、現状の市場、技術、政策や規制に大きな変化はないとの想定に基づく、保守的だが蓋然性の高い「低位ケース」と、各国の気候変動対策も考慮し、蓋然性が高く技術的にも実現可能ではあるものの、より野心的な「高位ケース」の2つのケースが設定されている。
   『2022年版予測』では、全ケースで前年予測が上方修正された。前年予測の時点で、今後の新設トレンドを見込み、2050年高位ケースの見通しが、その前年の2020年版予測と比べて10%積み増しされたが、2022年版ではさらに10%積み増しとなった。この予測で行くと、2050年の原子力発電設備容量は873GWとなり、2021年時点(389.5GW)の2.2倍を超える。加えて注目されるのが2030年予測、特に低位ケースの下げ止まりである。2030年低位ケースでは既存炉の閉鎖が新設のペースを顕著に上回るとの見通しのもと、現有の設備容量と比べて大きく落ち込む予測が示されてきた。しかし2022年版の見通しでは、運転期間延長等により既存炉閉鎖のペースが抑えられ、結果として低位ケースにおいても、2030年時点の設備容量は381GWと、2021年の現状から微減に留まるとされている(表 1)。

表 1 IAEAによる2030年および2050年の原子力発電設容量見通しの推移
(2011年版~2022年版、単位:GW)


出所)「2050年までのエネルギー、電力、原子力発電の予測」2011年版~2022年版に基づきエム・アール・ア イ リサーチアソシエイツ株式会社作成

2021年の原子力発電の状況 ~日本は再稼働遅れの影響が顕著~
   『2022年版予測』では、現状分析として、2021年時点における世界の原子力発電状況のふり返りをまとめている。2021年時点における原子力発電設備容量上位10カ国と発電電力量順位の対照表を表 2に示す。
   2021年時点において、原子力発電設備容量の1~3位は米国、フランス、中国である。これらの国々は、原子力発電電力量でも1~3位に入っている。一方、日本は設備容量ベースでこれら3カ国に続く世界第4位(31.7GW)であるものの、発電電力量では第9位(61.3TWh)となっている。
   日本における設備容量順位と発電電力量順位の乖離の原因は、福島第一原子力発電所事故後に停止した原子炉の再稼働が進んでいないことにある。2021年12月時点で、我が国の運転可能な炉は33基であったが、営業運転を再開し実際に運転している炉は10基と、およそ1/3であった。設備容量世界第5位(27.7GW)で日本より4GW少ないロシアは、2021年の原子力発電電力量実績が208.44TWhと、日本の約3.4倍を記録している。こうしたところからも、我が国が保有している原子力発電を活用できていない状況が浮き彫りになっている。

表 2 2021年における原子力発電設備容量(net)上位10カ国と発電電力量順位


出所)「2050年までのエネルギー、電力、原子力発電の予測」2022年版に基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社作成

2022年予測における設備容量見通し ~米国では新設増加、欧州では長期運転がさらに拡大~
   上述のとおり、『2022年版予測』では原子力発電設備容量見通しが全体的に上方修正されている。このトレンドの変化の要因を明確にするために、『2020年版』~『2022年版予測』において、予測で区分されている世界の10地域 [※1]のうち設備容量の上位4位に入る北米、中央・東アジア、東欧、および北・西・南欧の高位ケースにおける見通しの変化を表3に示した。
<北米地域>
   北米地域では、これまで2050年高位ケースにおいても設備容量が現状より減少する見通しであったところが、『2022年版予測』では新増設の拡大により、2050年時点の容量が2021年末比で増加するとされている。米国では2022年夏に成立した「インフレ抑制法」に、新設先進炉に対する支援が盛り込まれた。米国とカナダは、目下世界で期待が寄せられている小型モジュール炉(SMR)の開発先進地域であり、2030年前後には第一陣が市場投入される見通しである。『2022年版予測』にも、こうした流れが反映されていると考えられる。
<中央・東アジア>
   中央・東アジアでは、特に2030年以降について、『2022年版予測』では従来以上に、閉鎖炉の減少と新増設炉の増加が見込まれている。背景には中国における原子力の拡大や、韓国における脱原子力政策見直しの動きなどがあると考えられる。
<東欧>
   東欧地域は、表 3に挙げた各地域の中で唯一、『2022年版予測』において、2050年高位ケースの設備容量予測が前年版より微減となっている。それでも2050年までに2021年実績の約2倍となることが見込まれている。東欧地域では、ポーランドが原子力発電を新規導入し、2033年から2040年までに600MW~900MWの原子炉を建設する計画であるほか、既存の原子力国でもリプレースや新増設計画がある。ただし、東欧では一部の計画で、大型炉ではなく米国等のSMRの導入を検討する動きもある。2050年見通しの前年比微減の背景には、こうした動きが反映されていると考えられる。
<北・西・南欧地域>
   北・西・南欧地域における2030年から2050年にかけての原子炉閉鎖は、『2020年版予測』では69GWだったが、『2022年版予測』では22GWと、1/3以下に大きく下方修正された。これにより、2050年高位ケースにおける原子力発電設備容量見通しは、2020年予測における70GWから『2022年版予測』では133GWへと、倍近くに増えている。この地域では減原子力政策を掲げていたフランスが、2022年2月にこれを撤回、既存炉14基の閉鎖を取り下げ、さらに2050年までに最大14基の原子炉新設を行う方針を示した。その他各国でもロシアによるウクライナ侵攻を経てエネルギー危機、価格を背景に、既存炉の運転延長や、早期閉鎖の見直しの機運が高まっている。

   IAEAは予測値の増減に関して具体的な理由を示していないが、世界の多くの国々が、今世紀中のカーボンニュートラル実現を中長期エネルギー政策の目標点として、そこまでのロードマップを描くようになり、その中で2022年にはエネルギー安全保障の観点から、原子力発電についてさまざまな国が、従来より踏み込んだビジョンを示すようになった。直近2年間のIAEA予測からは、こうした潮目の変化が見て取れる。

表 3 『2020年版予測』~『2022年版予測』における原子力発電設備容量見通し

出所)「2050年までのエネルギー、電力、原子力発電の予測」2020年版~2022年版に基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社作成

さいごに ~今後の展望と課題~
   上述の「潮目の変化」に関連して、IAEAのグロッシ事務局長は『2022年版予測』の公表に際し、「我々は、より安全かつ安定した、手ごろな価格のエネルギーの未来に向けて世界が変わる決定的な瞬間にある」とコメントしている。  
   2年連続で原子力予測を上方修正したこの流れは、恐らく2023年秋に公表される次回の『2023年予測』、そしてその後数年の予測においても続いていくであろう。身近な東アジアを見ても、中国の原子力拡大は続くであろうし、韓国も従来の脱原子力政策を撤廃し、2022年7月に、2030年の原子力比率を30%まで上げる方針を示した。我が国も冒頭に触れたとおり2023年に入って、既存炉運転期間の見直しと、先進炉によるリプレース方針を示している。欧州ではフランスが、上述の減原子力撤廃に加えて、既存炉の運転をこれまでの「50年超」から「60年超」想定とする検討をはじめた。スウェーデンも1月に、原子炉基数の上限を10基とし、既存サイト以外での建設を禁じる規定を削除する原子力法改正案を公表した。
   脱炭素を進め、かつエネルギー供給と価格の安定を確保するには、あらゆる種類の脱炭素エネルギーを活用する必要がある。昨今の「原子力ルネサンス」はその一環である。しかし、原子力が現下の期待に添う規模で成長し、期待に添う役割を果たすためには、多くの課題に対応していく必要がある。IAEAのグロッシ事務局長は、高位ケースのシナリオ実現に向けた課題として、規制や産業の調和、高レベル放射性廃棄物処分問題などを挙げている。これに加えて、原子力についてはとりわけ、社会の受容、開発や建設に係るコストの大きさなども課題である。米国では本稿で触れたインフレ抑制法で原子力支援を打ち出している。フランスでも原子炉建設促進法案が審議中であり、国内唯一の原子力発電事業者であるフランス電力の完全国有化を進めるなど、原子力再拡大に向けて急ピッチでテコ入れを図っている。原子力を含め、エネルギー問題への対応は、官民挙げての総力戦の様相である。我が国においても、国家方針に必要な原子力の活用に向けて、必要な体制、組織、人材、技術、能力、資金など各要素を確保していくための施策を、時宜を逃さず打っていく必要がある。

[※1]北米、中南米、北・西・南欧、東欧、アフリカ、西アジア、南アジア、中央・東アジア、東南アジア、およびオセアニアの10地域

参考文献
●IAEA「2050年までのエネルギー、電力、原子力発電の予測」2022年版、2022年9月
https://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/RDS-1-42_web.pdf
●IAEAプレスリリース「気候・エネルギー安全保障が懸念される中、IAEAの原子力発電の成長予測は2年
連続で増加」、2022年9月26日
https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-projections-for-nuclear-power-growth-increase-for-second-year-amid-climate-energy-security-concerns
●原産協会「日本の原子力発電炉(運転中、建設中、計画中など)」、2021年12月7日
https://www.jaif.or.jp/cms_admin/wp-content/uploads/2021/12/jp-npps-operation20211207.pdf

 以上

【作成:三菱総研グループ エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社

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