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【EU】各国のエネルギー事情を踏まえた再エネと原子力を含むその他の低炭素エネルギー源の共存

2023年11月6日

はじめに
   欧州連合(EU)では2050年カーボンニュートラル達成に向けた直近のマイルストーンとして、2030年の温室効果ガス排出量を1990年比で55%以上削減する目標を設定している。EUにおける温室効果ガスの排出は、かつては電力・エネルギー部門が最大の排出源であったが、再生可能エネルギー(再エネ)の導入拡大などにより脱炭素化が進んでいる。一方、産業部門では鉄鋼や化学など、製造工程で化石燃料を使用する業種でのエネルギー転換は難しく、EU全体の温室効果ガス排出の約20%を占め、現在では電力・エネルギー部門の排出量と同等あるいは上回ることもある。
   産業部門の脱炭素化が重点政策の一つとなる中、水素の活用に期待が寄せられているが、現状、水素の多くは天然ガス由来であるため、非化石燃料由来の水素(非化石水素)を拡大する必要がある。EUにおける非化石水素の分類を、表1に示す。
表 1 EUにおける非化石水素の分類

出所:EU再エネ指令改正最終案ほかに基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社にて作成

   2023年10月、EU域内の再エネ導入目標を定めるEU法「再エネ指令」の改正が、一連の手続きを経て正式に成立した。同指令には、部門別目標の一つとして、産業部門で使用する水素のうち、何%を非バイオ再エネ由来水素とするかを定める「非バイオ再エネ由来水素目標」が含まれる。この目標を巡っては、一部の国から、再エネだけでなく原子力をはじめとするその他の非化石・低炭素電源で製造した水素も評価するよう要請がなされ、活発な議論が行われた。
   本稿では、各国のエネルギー事情を踏まえた、再エネと原子力を含むその他の低炭素エネルギー源の共存可能性という観点から、この非バイオ再エネ由来水素を巡るEUの議論に注目する。

EU再エネ指令改正における産業部門の非バイオ再エネ由来水素目標と原子力

   EUでは2023年10月、 2030年時点での最終エネルギー消費に占める再エネ比率の目標を、現行の32%から42.5%に引き上げるという再エネ指令改正が成立した。この全体目標に向けて各部門でも目標が強化されており、産業部門では使用する水素に占める非バイオ再エネ由来水素の比率目標が、2030年に42%以上、2035年に60%以上と定められた。
   注目されるのは、この目標に「免除規定」が設けられたことである。消費される水素のうち、化石燃料由来の水素の割合が2030年時点で23%以下、2035年時点で20%以下であれば、上記の非バイオ再エネ由来水素目標を20ポイント引き下げられる(非バイオの比率目標を2030年度に22%、2035年に40%以上)。
   産業部門の水素利用における非バイオ再エネ由来水素目標と免除規定の関係を、図2に示す。

図2 EU再エネ指令改正における産業部門の非バイオ再エネ由来水素目標と免除規定の関係
出所:EU再エネ指令改正最終案に基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社にて作成

   図2に示すとおり、2030年時点を見てみると、免除なしのケースでは42%を非バイオ再エネ由来水素とする必要があるが、残る58%は仮にそのすべてが化石燃料水素であっても許容される。一方で、免除ありのケースでは、化石燃料水素を23%以下に抑えることができれば、残る77%のうち、非バイオ再エネ由来水素の目標は22%となり、55%は原子力をはじめとするその他の低炭素水素(バイオマス由来のものも含む)で賄うことが可能になる。
   再エネ指令の前文には、上述の免除規定の前提となる考え方を示す記載が追加された。そこでは、EUの2050年カーボンニュートラル達成と産業部門の脱炭素化に向けて、加盟各国が自国の国情とエネルギーミックスに応じて、各種の非バイオ再エネ由来の燃料(補足:水素のほか、アンモニアなど各種の燃料も含む)と、その他の非化石エネルギー源を組み合わせて利用できるようにするべきとされている。

免除規定導入を巡る議論
   前述の免除規定が設けられた背景には、複数のEU加盟国からの強い要請があった。
   再エネ指令改正の手続きが進められる中、2023年2月に、フランス、ポーランド、チェコ、ルーマニア、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、スロバキア、ハンガリーの9カ国がEUに対し、書簡を送付した。この書簡で9カ国は、再エネの拡大のみを目的化し、他の低炭素エネルギー源に再エネと同等のインセンティブを与えないことは水素社会への移行を遅らせると主張し、原子力由来の水素を再エネ由来の水素と同等に取り扱うよう要請した。これらの国々は、欧州の原子力利用国・推進国14カ国(2023年10月時点) による協力イニシアチブ「欧州原子力アライアンス」の主要参加国であるとともに、再エネ資源に恵まれない国も多い。再エネのポテンシャルには国や地域により差があり、どこでも同じように使えるわけではなく、追加性の原則など、非バイオ再エネ由来水素に関する要件も厳しい。
   脱原子力を完了し、EUにおける再エネ拡大を主導するドイツや、再エネ資源が豊かで、パイプラインを建設して2030年までにフランス・ドイツ方面に非バイオ再エネ由来水素を輸出する計画があるスペインは、「原子力水素を再エネ水素と同等に取り扱う」ことに特に強く反発した。しかし、フランスなどの国々は、原子力の脱炭素化への貢献を折り込むことを、野心的な目標を掲げる再エネ指令改正案に同意する条件として譲らず、最終的には非バイオ再エネ由来水素目標の免除規定が認められた。

免除規定の適用可能性:多くの国は「2035年のさらに先」に期待
   一方で、2035年までに実際に免除規定の適用を受けられるEU加盟国は限定的と推測される。
   例えば、EUに書簡を送った9カ国のうち、多くは原子力発電所の建設が進行中あるいは計画中の段階である。さらに、これらの建設プロジェクトは、石炭火力発電所の置き換えや、老朽化した既存炉のリプレースを主としており、その電力は供給力の維持と、既存のエネルギー需要分の電力用途の脱炭素化、石炭・ガスボイラーによる暖房・熱供給の電化による脱炭素化などに用いられる。つまり、原子力利用国であっても、産業用水素の大規模製造に新たに必要となる大量の低炭素電力を、2035年までに追加的に賄える国は少ないのではないかと考えられる。
   その点フランスは例外で、免除規定の適用可能性が高い。同国は電源構成に占める原子力比率が約7割で、もとより低炭素な電源ポートフォリオを有している。2030年までに650万kW分の水素製造用電解プラントを運用する計画で、議会上院の報告書では、国内の水素関係団体の見方として、主に既設炉の稼働率を直近の70%台から80%台に上昇させることで、この計画に必要となる電力を確保できるという見解が示されている。直近で運転を開始する予定があるのは、2024年商業運転開始予定のフラマンヴィル3号機のみで、その後計画されている6基の運転開始は2035年以降である。よって、2035年までの水素製造に必要な電力を確保できるかは、新設ではなく既設炉の運用にかかっている。
   こうした各国の状況を踏まえれば、今回の再エネ指令改正は、将来に向けた布石として大きな意味があるといる。数年後には、2035年の「その先」の目標を定める新たな再エネ指令改正が行われるはずであり、2050年以降はカーボンニュートラルが通常状態となる。
   再エネ資源に恵まれない一部のEU加盟国が脱炭素戦略を立てる上で、原子力は重要な選択肢になる。とりわけ東欧諸国では、大型炉に加え、小型モジュール炉(SMR)、高温ガス炉など、さまざまな原子力導入・拡大計画がある。原子力による低炭素水素の製造という商業的用途の存在は、原子力設備に投資する上で、大きな後押しとなりうる。

まとめ
   EUでは、各国のエネルギー事情を踏まえて脱炭素を効果的に進めるため、原子力の価値が明確に認められるようになってきた。産業部門の脱炭素化を促進する中で今般の再エネ指令改正では、非バイオ再エネ由来水素目標の20%免除という数値として目に見えるかたちで、原子力水素による脱炭素貢献の可能性が明確に評価された。
免除規定の適用には、「その他の非化石エネルギー源」によって、水素の高度な脱炭素化を実現していることが条件となる。法令上の文言は「その他の非化石エネルギー源」となっているが、実際のところ、原子力による水素製造の大規模展開を想定しない限り、条件を満たすことは難しいと考えられる。
   よってこの免除規定は、原子力水素の拡大普及や、そのために必要な電力供給を見込んだ原子力発電の拡大を後押しするものだという見方もなされている。2035年までに同規定の適用を受けることは難しいとしても、EUにおける将来に向けた脱炭素の道すじに、原子力が再エネとともに位置づけられることの意義は大きい。
   再エネは、脱炭素に向けた重要な手段である。ただし、本来、脱炭素化という目的のための手段である再エネの拡大に注力するあまり、手段の目的化に陥らないよう注意が必要である。再エネ資源に恵まれ低コストで潤沢に使える国とそうではない国では、社会経済への負担が大きく異なる。
   わが国もエネルギーの安定供給と脱炭素化を両立させ、経済成長を目指すためには、あらゆる手段を有効に組み合わせていく必要がある。

[1]埋立ごみの有機物が分解される際に発生するガス。メタンなどを含む。
[2]下水汚泥の微生物処理により有機物が分解され発生するガス。メタンなどを含む。
[3]バイオマスについては、例えば森林バイオマスにおいて、木材としてエネルギー利用された森林資源が植林などにより回復されるという確証がないといった批判もある。こうしたことから、生物資源に由来するバイオマス由来の水素については、生物資源に依存しない非バイオ再エネ由来のものとは区別されている。
[4]フランス、ポーランド、ハンガリー、チェコ、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、クロアチア、フィンランド、オランダ、ベルギー、エストニア、スウェーデン

【参考文献】
●EU再生可能エネルギー指令最終合意文書(2023年6月16日)
https://www.europarl.europa.eu/meetdocs/2014_2019/plmrep/COMMITTEES/ITRE/DV/2023/06-28/7_AnnextoEPLetterREDfinal16-06_EN.pdf
●フランス上院、情報報告書No.801「原子力と水素:早急な対応を」(2022年7月20日)
https://www.senat.fr/rap/r21-801/r21-80117.html#toc100
ほか

 以上

【作成:三菱総研グループ エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社

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