電気事業連合会

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英国に学ぶ ~世界に先駆けた発送電分離の実態~

2012年4月25日

 英国は1990年に世界に先駆けて発送電分離と電力自由化を実施した国として知られる。

英国の事例は市場の活性化という面で参考にされるケースが多いが、どのような経緯でこのような体制が作られたのか、そして、どのようなメリットがもたらされ、どのような問題が生じているのか、探ってみることにした。

 

 

1.電力改革の経緯

 英国は、なぜ、世界に先駆けて発送電分離と電力自由化に踏み切ったのであろうか。1990年以前の国有体制の下では、中央電力庁(CEGB)が発電と送電を一手に担い、その電気を地域の配電局(12局)が管内のお客さまに供給するという体制が採られていた。このような体制は当時としてはめずらしいものではなかったが、英国にはCEGBが国策産業として政治的に利用されてきたという固有の問題があった。具体的には、CEBGに対する「割高な国内炭の使用義務」、「国産プラントの定期発注」、「国内産業への割引料金の適用」などである。さらに国有体制の下で、非効率性も蓄積され、当時の電気料金はあるべき水準を20%も上回っていたのである。電力民営化後、配電会社で7割の人員削減が実施された事実から当時の非効率性の実態が窺われる。このような問題は1960年代から指摘されてきたが、複雑な政治問題がからみ、本格的な改革が進められることはなかった。

 これにメスを入れたのが、数々の国有企業の民営化を進めてきたサッチャー保守党政権である。同政権は1987年の総選挙で大勝すると電力民営化計画に着手、1989年には国有電気事業者の分割・民営化と競争原理の導入を内容とした「1989年電気法」を成立させた。同法の下で、CEGBは3社の発電会社と1社の送電会社に4分割され、それぞれ民営化された。この時に設立された送電会社がナショナルグリッド社である。12の配電局はそのまま民営化された。

 規制緩和も同時に実施され、発電部門は1990年に全面自由化された。自由化にあたっては、卸電力を取引する制度としてプール制が導入された。プール制(英国の場合)とは、すべての発電事業者が翌日に運転を希望する発電プラントの出力と運転価格を任意で入札し、安いプラントから順に運転、取引価格は最後に落札されたプラントの発電価格(需給均衡価格)で決定される卸電力取引制度である。この制度の下で市場は急速に活性化したが、一方でプール制は、異なる商品(ベース電源やピーク電源など)に対して同じ価格が設定されることによる市場の歪みや、発電事業者の戦略的な入札などが表面化し、2001年にはこれを廃止、現行の相対取引制度(BETTA)へ移行した。

 一方、小売自由化は段階的に進められ、1999年までには家庭用のお客さまも自由に電力会社を選択できるようになった(表参照)。そして、2002年には、さらなる市場の活性化をめざし、小売料金規制の撤廃や配電部門の別会社化に踏み切っている。

 

2.英国の発送電分離の特徴

 英国の発送電分離は市場の活性化という面で参考にされることが多いが、徹底した公平性の追求を伴っている。そこには、電力会社と新規参入者という区分はもはや存在しない。すべてが市場原理に委ねられているのである。電源の確保や需給調整についても同様である。英国の送電系統を運用するナショナルグリッド社の担当者は「英国の市場では、どの事業者にも十分な供給力を確保する責任はない。我々は入札された供給力の範囲で需給調整を行うだけである。電源が足りなくなれば価格が高騰する、それでも足りなければ停電するだけである」と淡々と語る。要するに、市場化するのであれば「市場が機能するよう設計し、あとはすべて市場に委ねなければならない」ということである。ここに特定の事業者に責任を負わせるなどの片寄った規制が入ると、制度に歪みや矛盾が生じ、市場が機能しなくなる可能性もある。

 しかし、すべてを市場原理にゆだねると、僻地のお客さまや使用量が少ないお客さまなど、利益が見込めないお客さまへの供給がストップされる可能性もある。発送電一貫体制では電力会社が発電から供給まですべてにおいて供給責任を有しているが、発送電分離体制の下では、これら義務のあり方をそれぞれの分野で検討しなければならない。供給責任は大きく分けると「供給力の確保義務」、「接続義務」、「供給義務」から成る。

 「供給力の確保義務」は需要に対応できるよう発電設備を確保する義務である。競争市場ではこの義務を「すべての事業者に課すのか」、それとも「いずれの事業者にも課さないのか」という選択をしなければならない。「電力会社に課せばなんとかなる」では市場化の意味はなさない。英国では市場メカニズム(価格が誘導)を通じて確保させることを前提としており、いかなる事業者にも課していない。

 「接続義務」は電力系統とお客さまとを公平な条件で接続する義務である。これにより、自由化の弊害として指摘される僻地のお客さまの利益が損なわれるという問題は解消される。僻地のお客さまを系統と接続するために要する増分費用は、送電線使用料を通じて浅く広く全国民から回収している。唯一、市場メカニズムが採用されていない分野であるが、社会全体で誰もが等しく便益を受けられるユニバーサルサービス確保という観点からこれを是としている。

 「供給義務」は小売事業者がお客さまと電力供給に関する契約を締結する義務である。具体的には、電気がお客さまに届くよう配電事業者に手配したり、料金を回収したりする業務である。英国では家庭用に供給を行うすべての事業者に「料金の公表義務」と「選択された場合の応諾義務」という形で課している。家庭用以外については、このような義務はなく、お客さまからの要請に応じて小売事業者が任意でその条件を示すだけである。このような中で、特にリーマンショック以降、企業の信用力の低下で、供給を受けられないケースが出てきている。信用力の低いお客さまが供給を受けるためには「信用保証会社の保証」や「担保の設定」が必要となる。競争市場ではお客さまも信用度に応じてコストを負担しなければ公平ではないということなのであろう。

 このように発送電分離して、競争環境を整えてゆくと、最終的には「電力の一般商品化」という姿が見えてくる。英国ではこれを究極の目的としている。

3.英国に見る自由化のメリット

 英国の発送電分離と自由化の所期の目的は、「電気事業への政治的関与の排除」、そして「国有時代に蓄積された非効率性の排除」であり、この目的に照らせば成功したと言える。発電会社では5割、配電会社では7割の人員削減が実施された。また、効率の悪い古い発電所は新規参入の発電事業者(IPP)が建設した新鋭火力発電所に置き換わり、90年代には電気料金は大幅に低下した。

 電力民営化を含む各種国有企業の民営化や競争原理の導入は、英国全体に活力をもたらし、経済が長期低迷した「英国病」から抜け出す起爆剤にもなったのである。

 4. 英国事例から学ぶ発送電分離のリスクと問題点

 このように電力自由化は英国にとって大きなメリットをもたらしたが、一方で発送電分離や競争導入に伴うリスクや問題点も露呈している。

 

(1)発電と送電の一体的運営の崩れがもたらすリスク

 発送電一貫体制では、発電所建設に当たって送電容量や安定供給に欠かせない電力の流れを確保する電力潮流制御という概念を一体的に考えるために費用が最小化されるが、発送を分離すると、発電所が最も必要とされる地域に建設されないという問題が生ずる。欧州ではこれに伴う送電容量制約という問題がいたるところで発生している。これに伴う再給電(運転が抑制される発電所に補償し、別の割高な発電所に運転を指令する等の調整)に係る費用は年々上昇している。英国では送電料金を地点別に設定して電源を適所に誘導しているが、大きな効果は得られていない。

 また、発電所の建設計画が実施に移されるかどうかが、短期的な市場動向に大きく左右される傾向が見られる。送電会社は発電会社からの申請に沿って送電系統を建設するが、発電所の計画が中心となり、結果としてキャンセルとなる場合も多く、投資判断が非常に難しいという問題に直面している。送電系統を建設してもそれが使われない場合、送電会社が内部処理(一部は送電料金の値上げで回収)しなければならない。発電所の閉鎖についても同様で、多くの場合には期限(6か月前)まで通知されない。また、発電プラントに関する情報が少なく、工事計画や系統運用計画に支障を来しているケースなども報告されている。

 

(2)十分な供給力が確保できないリスク

 上述したように英国では、供給力の確保義務はいずれの事業者にも課しておらず、各事業者が採算が取れると判断すれば発電プラントを建設するという制度を採用している。

 現在英国では多くの原子力発電所や大型火力発電所が建て替えの時期を迎えており、発電事業者にとっては投資のチャンスではあるが、燃料価格や排出権価格がどう推移するか、またCCS(CO2の回収・貯蔵)がガス火力にも義務化されるかどうか、原子力がどの程度入ってくるかなど、競争市場には多くの不確定要素があり、投資が手控えられている。最近ではドイツ資本のE.ONやRWEが、自国内の原子力の閉鎖に伴う資金繰りの都合で、英国における原子力開発計画を突然撤回している。また、石炭火力も数年前までは10基近くが計画されていたが今ではそれが皆無となっており、中長期的には供給力が大幅に不足することが懸念されている。

 一方、いずれの発電事業者も稼働時間が限定されるピーク電源に投資するインセンティブはなく、投資がベース電源に偏るという傾向が見られる。風力などの出力変動が大きい電源が大量に導入され、中高負荷プラントへの需要がますます高まると予想される中、競争市場でこれをどう確保してゆくかという問題に直面している。

 

(3)利益構造が異なるプラント間の競争で生ずる市場の歪み

 発電プラントは、原子力や大型火力のように、頻繁に止めたり動かしたりすることができない「ベース負荷プラント」、需要の変動に応じて出力を変動させる「ミドル負荷プラント」、ピーク時に投入する「ピークプラント」、周波数調整など系統の安定化のために投入される「揚水発電所」などによって構成される。

 卸電力市場では、発電された電力のみが評価され、その電力がどのプラントで発電されたかは考慮されない。このため発電事業者は最も安いプラントを作るインセンティブが生ずる。一方、揚水発電所の利益は卸電力価格そのものではなく、卸電力価格の時間別の価格差で決定される。安い時の電力を使って、高い時に発電するからである。このような中で揚水発電事業者にはこの価格差を拡大させるインセンティブがある。このように電力の場合には「異なったサービスに対して同じ価格が適用される」というリスクがあり、これが市場を歪める要因になっている。

 

(4)市場戦略(ゲーム)のリスク

 競争市場では利益の拡大を目指して様々な戦略(ゲーム)が繰り広げられるが、ある行為が違法であると判断することは非常に難しく、また、あまり規制すると自由化のメリットが失われる可能性もあり、規制側は難しいかじ取りを迫られることになる。

 中でも日常化しているのが送電線の制約を利用した戦略的な入札である。ある地域の送電線が混雑してA発電所を停止しなければならない場合、価格は高くても別の地域のB発電所の運転が必要となるが、B発電所は送電線の制約を見越して非常に高い価格で入札するという行動である。実際には何百もの発電所があるためにこのような行動を特定することは難しく、また、主にダンピングを規制する競争法(公取法相当)にも抵触しないためこのような行為を排除することは非常に困難であるとされている。(なお、この行為が頻発した英国では系統混雑時の取引方法を変更するなどで対応している)。

 

(5)チェリーピッキングのリスク

 チェリーピッキングとは、美味しそうな「さくらんぼ」だけを摘む行為である。「電力会社」と「新規参入者」という区分がない英国にはもはやこの問題は存在しないが、自由化当初、新規参入者は美味しい「さくらんぼ」を摘み、美味しくない(利益率が低い、または滞納がある等)お客さまには「電力会社」が供給するという問題が発生した。当時、最終責任が課されていた「電力会社」は残ったすべてのお客さまに供給するために全体的にコストが上昇、電気料金の上昇を余儀なくされるという状況が発生した。

 このような状況が続くと、電力会社は大量に抱える自身の発電設備が利用できなくなり、それが回収不能投資(ストランディッド・コスト)と化すリスクがある。そして、これを回収しようと料金を上げれば、さらにお客さまが去り、悪循環スパイラルへと突入するのである。

 

(6)競争導入に伴う資本コストの上昇リスク

 英国では国有事業者(CEGB)の資本コストが5%前後であったのに対して、競争化で新規参入事業者が建設する際の資本コストは12~18%にのぼると試算された。また、配電会社の会社格付けについても軒並み引き下げられている。そのような中でも英国で料金の低下がみられたのは、インセンティブ規制や競争を通じて国有事業者が蓄積してきた非効率性が排除されたこと、国内炭補助政策が廃止されたこと、そして非常に安価な北海ガスの利用が可能になったことなど、多くの要因が重なったためである。

 

(7)料金変動リスク

 競争市場は不確実性が高いことから、発電事業者は投資リスクを避けるために、固定費の小さいプラントを建設し、燃料も短期契約で購入する傾向がある。このような中で燃料費が安かった1990年代には英国の電気料金は欧州諸国の中でも最も安かったが、燃料費の高騰が始まった2003年頃から急上昇し、今でも最も高い国の一つとなっている。この間の料金には2倍近くの差があるが、原子力比率が高く、自由化の度合いも小さいフランスの料金には変化がない。この間の両国の料金総額には大差はないが、いずれのシステムが良いかは国民の判断ということになろう。なお、ドイツの料金は再生可能エネルギー関連のコストや税金が電気料金の4割を占めるために突出して高い。

 

 

 以上、抜本的な改革を実施して22年が経過した英国の電気事業を見てきたが、効率化という面では成功を収めたと言える。今後、電気事業は、温暖化ガスの削減、再生可能エネルギーの大量導入、スマートグリッド化といった社会の要請に応えなければならない。英国では今後の目的に照らし、再び制度論議を活発化させている。

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