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【英国】政府、原子力産業政策文書「原子力セクターディール」を公表

2018年8月16日

英国政府は2018年6月27日、英国内における民生用原子力産業に対する政府の支援策を提示する政策文書「原子力セクターディール」を公表した。本文書は、小型モジュール炉(SMR)を含む先進的モジュール炉(AMR)の研究開発、原子炉新設及び廃炉コストの削減、将来の原子力輸出等への政府の支援策を示したものであり、原子力産業界へ総額2億ポンド(約291億5,000万円)を投じることとなっている。また原子力産業界は政府の支援により、原子力発電所の新設コスト及び廃炉コストの削減を行うこととなっている。以下、「原子力セクターディール」の内容について紹介する。

1.経緯
英国ビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)は2017年11月27日、同国の経済力を強化し、生産性を向上し、技術を革新し、収益力を強化し、2030年までに英国を世界最大のイノベーション国家とするための長期ビジョンとなる「産業戦略」を発表した。英国政府は基金を通じて、今後3年間で7億2,500万ポンド(約1,075億円)を投資すると約束している。その中で、原子力産業の育成を通して英国の生産性向上を図るとともに、同産業を成長分野の一つとしており、現在と将来における低炭素電源のエネルギーミックスにおいて、原子力発電を必要欠くべからざるものと位置づけている。また、この「産業戦略」は、国の支援のもと、英国の新規原子力建設と廃炉計画において実質的なコスト削減をどのようになし得るかにも焦点を当てている。
「産業戦略」が公表された際、建設、ライフサイエンス、自動車、AIの4つの分野で既にセクターディール(産業別協定)が決定済みであり、5つ目の原子力産業のセクターディールは、2017年12月に、原子力産業界(NIC)からBEISへ提案された。その後、2018年6月上旬、BEISから「原子力セクターディール」の最終案が提示され、BEISとNICとの間で合意された。

2.「原子力セクターディール」の内容
「原子力セクターディール」の目的は、原子力産業を通じ、前述の「産業戦略」で掲げた英国経済の発展に貢献することであり、そのための戦略が掲げられている。「産業戦略」は、着想(ideas)、人材(people)、インフラ(infrastructure)、ビジネス環境(business environment)、地域(places)の5つ基礎項目に着目し、項目ごとに目標を定めていることから、「原子力セクターディール」も「産業戦略」に従い、5つの基礎項目ごとに、政府側の戦略、産業界の戦略、政府および産業界が共同で実施する戦略について定めている。
なお、各項目における英国政府および産業界の戦略は、今後政府と産業界の間で具体的なプランが策定された後、随時遂行され、2019年6月に当文書の年次レビューが行われる予定である。
以下、各項目における政府側、産業界側の戦略を紹介する。また、概要を表-1に示す。



(1)着想(Ideas)
英国政府は、原子力のコスト削減のために、新しいアイデア、つまり新型原子炉の開発が必要であると考えている。第一に、近い将来での商業化を目指す先進的モジュール炉(AMR)の開発へ、総額5,600万ポンドを拠出する。内訳は、第1フェーズであるフィージビリティスタディに400万ポンド、フィージビリティスタディで投資の価値があると判断された場合は、第2フェーズとして研究開発に4,000万ポンドを提供する。また、AMRを審査及び認可する英国原子力規制機関(ONR)の機能強化のために700万ポンドを充てるとし、さらにONRへのサポートとして追加で500万ポンドを充てる可能性もあるとしている。なお、AMRには小型モジュール炉(SMR)も含まれており、同炉の開発推進も行っていくとしている。また、SMR開発推進をサポートする新たな枠組みを設置する予定である。この枠組みにはONRが入っており、SMRの包括的安全審査(GDA)プロセスについて、従来型炉の審査に柔軟性を持たせることによる改善が見込まれている。さらに、本枠組みにおいて、SMR開発の資金調達について検討を行うとしている。

(2)人材(People)
英国政府は2021年までに、10万人以上の原子力に係る知識を持つ労働者が必要であると試算しており、そのために、毎年新たに7,000人程の労働者を新たに雇用する必要がある。これは、地方における雇用面で大きなメリットをもたらすが、適切な人材確保及び教育を着実に行っていく必要があるとしている。このため英国政府は、原子力技能育成検討グループ(NSSG)10を承認し、サポートを行っている。NSSGは原子力業界に適切な人材を確保するための戦略(インフラ整備やプロセス、訓練等)を検討する。有能な人材の確保には、女性の原子力産業界への進出も重要であると考えており、原子力産業界は2030年までに、原子力労働者の女性割合を、現在の22%から40%へ引き上げることを目指す。
また、英国政府は、常に最先端の原子力技術を保持したいと考えており、そのために、原子力エキスパートの育成も必要であると考えていることから、原子力に係る博士号の取得を増やすための方策を検討する。原子力産業界は、原子力エキスパートに必要な技能を示す要件書の作成について協力する。さらに英国政府は、高等学校における教育も同様に重要視しており、学生が原子力が抱える安全に関する固有の課題を理解するための職務経験を行えるようすることや、高等学校へ専門家を派遣することとしている。原子力業界は、学生(特に工学系)が原子力産業界におけるキャリアについて認識を深められるよう取り組むとしている。
最後に、原子力産業内及び他産業間でのノウハウの伝達の重要性についても触れており、原子力産業界は民生用、軍事用に分かれており複雑な構成となっていることから、両者間でノウハウ(人材および知識)をスムーズに移転できるよう政府が協力する。さらに、他産業(石油とガスに焦点)への技能の移転を可能とするスキームの確立も目指している。

(3)インフラ(Infrastructure)
英国は原子力発電を、脱炭素化のための重要な電源であると位置づけ、ヒンクリーポイントC原子力発電所をはじめ、多くの計画中のプロジェクトを抱えているが、近年増大する建設費は大きな課題となっている。問題の一つとして、資金調達が困難となる点が挙げられており、現に日立の子会社ホライズンが進めるウィルファ原子力発電所建設プロジェクトにおいては日立側が英国政府に負担増を求め、英国政府が日立側に対し2兆円規模の融資を保証することとなった。このため、英国政府は今後の新設プロジェクトにおける資金調達について、政府の直接投資を含め様々なオプションを検討するとしている。また、ヒンクリーポイントCからの発電電力には、差額決済方式の固定価格買取制度(FIT-CfD)が適用され、買取価格(行使価格)は運転開始から35年間にわたり、92.5ポンド/MWh(サイズウェルC計画が確定した場合は89.5ポンド/MWh)とすることで合意しているが、買取価格が高すぎて電気料金を押し上げることを問題視する向きもあり、ウィルファ原子力発電所では見直されるのではないかとの憶測もある。
このため、建設費削減が重要課題であることは政府側、産業界側共に認識しており、産業界側は、2030年までに新規原子力発電所の建設費を30%削減することを約束している。さらに、サプライチェーンにおける英国企業の割合を最大限増やすことで、雇用創出及び他国に対する英国企業の競争力の確保が可能となり、それによって英国へ利益をもたらすことを目指すとしている。
また、廃炉費用についても同様であり、産業界側は2030年までに廃炉費用を20%削減することを約束している。政府側は、事業者が円滑な廃炉を進められるよう、廃炉に係る規制について最新の方法を取り入れるための公開協議を行う。さらに、産業界と協力して廃炉及び放射性廃棄物管理のプロセスを確立させ、廃炉を加速させることで、コストダウン及び公衆のリスク削減を目指している。
最後に、英国政府は、英国内で従来より稼働している原子燃料製造施設について、英国におけるエネルギー安全保障、雇用、経済に大きく貢献していると評価しており、引き続きこれらの施設の継続的な稼働を保証するとしている。

(4)ビジネス環境(Business environment)
英国政府は、先進的な製造・建設プログラムの研究開発へ2,000万ポンドの拠出を行う。具体的には、デジタルエンジニアリング、モジュール方式による先進的な建設技術が挙げられており、これらの技術を原子力発電所の建設、廃炉、保守に適用することで、コスト削減につながるとしている。産業界は1,200万ポンドを拠出し、上記の先進的な技術を英国のサプライチェーンに組み込むことで、輸出市場における契約獲得を目指す。また、最新の技術(ロボットや人工知能)を原子力業界において実証するための研究開発を創設・拡張すべく、地元からの拠出金や国際的な基金を活用するとともに、革新的な技術の研究および商業化のアイデアの検討を行う。
また、英国政府は、新たなサプライチェーンの構築と生産性向上のために1,000万ポンドを拠出する。産業界側からも2,000万ポンド相当を拠出(原子炉ベンダー等が1,000万拠出し、残りの1,000万ポンドは現物出資)し、英国内の企業が新たに事業に参入し契約を勝ち取れるよう、官民協働で支援を行う。この支援により、競争市場が促進され、英国企業の競争力を強化したいとしている。
また、英国政府は原子力技術の輸出についても積極的に促進していく姿勢(ただし原子炉の輸出は検討していない)であり、輸出戦略について、強化、あるいは注力すべき分野等の検討を官民協働で進めていくとしている。

(5)地域(Places)
英国政府は、原子力産業は地域経済、雇用の面で大きく地域に貢献していると評価している。今後、政府および産業界は英国内の各地方におけるサプライチェーンのネットワークを構築することで、地域企業がビジネスチャンスを得られること目指すとしている。

3.おわりに
英国政府は「原子力セクターディール」により原子力産業産業界に対し総額2億ポンドを投じる予定であり、政府が原子力を推進することにより原子力産業の立て直しを図りつつ、経済成長を目指す姿勢が見て取れる。今回の合意発表を英国の原子力産業界は歓迎しているものの、一部で問題点も指摘されている。例えばロールスロイス社はSMRが資金援助から外れたことを受け、SMR開発からの撤退も検討していると言われている。また、内容が具体性に欠けるとの意見もあり、各戦略、特に原子力発電所建設費用の30%削減目標についてどのような具体的なプランを策定し実行していくのか注目していきたい。

 【情報提供:一般社団法人海外電力調査会

以上

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