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【欧州】 東欧における原子力拡大:欧州大でのエネルギーミックス多様化に向けて
2020年3月13日
欧州連合(EU)には2020年3月現在27の加盟国があるが、原子力発電に対する姿勢はさまざまである。その中で原子力発電への積極姿勢が顕著なのが、旧共産圏を中心とする東欧地域である。この地域では、現在すでに原子力発電所を持つ複数の国々で、既存炉の長期運転、リプレースや新設による維持・拡大計画があることに加え、これまで原子力発電所を持たなかったポーランドでも、新規導入の計画が進められている。
以下の図1は、東欧地域における原子力発電設備容量と基数、発電電力量における原子力シェア、および拡大計画の概況を示したものである。
図 1 東欧地域における原子力発電・拡大概況(2020年3月現在)
出所:IAEA PRIS(2020年3月4日アクセス),WNA等を基に三菱総合研究所作成
東欧地域の多くの国において、電力供給の主力は石炭、天然ガス、原子力である。火力発電では石炭が多く、チェコ、ブルガリアは石炭による発電が発電電力量の約5割を占め、ポーランドに至っては8割にのぼる。またこれらの石炭火力発電プラントの多くが、温室効果ガス排出量が特に多い老朽化プラントである。
世界的な潮流としてエネルギーの低炭素化が求められ、とりわけEUでは現在検討されているサステナブル投資枠組みにおいて、今後、石炭火力関連事業は、たとえ高効率プラントへの最新化プロジェクトであっても、サステナブル投資の認定対象から除外する方向で議論が進むなど、脱石炭の圧力が強い[※1] 。東欧地域もEUの一員として、石炭以外の「クリーンな」電源への順次置き換えを迫られることになる。
再エネについてはそもそも地理的な要因もあってポテンシャルが低い地域も多く、石炭火力に代わる電力供給の柱とすることは難しい。ポテンシャルに見合わない過度な再エネ拡大策は、電力価格の高騰を招き、経済成長の途上にあるこの地域の国々にとって足かせとなりかねない。もう一つの有力な選択肢は天然ガスだが、発電コストが高い上、欧州全体が天然ガスの供給をロシアに大きく依存している。東欧地域においても特にロシアへの警戒感が強い国(ポーランドなど)では、エネルギー依存度が今以上に高まることを望まない。ロシアとの関係が良好であっても、ロシアーウクライナ間でのガス紛争で見られるように、パイプラインの川上でひとたび外交問題からロシアが供給を絞れば、川下の地域も巻き添えを食うリスクがある。
その点、中大型の原子炉は石炭火力をまとめて置き換える、有力な選択肢となりうる。
原子力発電の新規導入を検討しているポーランドでは、2040年までに電力に占める石炭比率を現在の8割から5割まで下げることを目指し、実現の手段として、再エネの拡大と2030年代からの原子力導入の合わせ技をとる方針である。上述のとおり、対ロシアの警戒感が特に強いポーランドでは、原子力発電についても基本的にVVER以外の炉型を想定している模様で、2019年以降、米国エネルギー省(DOE)と3回にわたり原子力導入に向けたエネルギー戦略対話の会合を持つなど、関係を強めている。ポーランドについては、まずは発電用中大型炉の導入を進めるが、将来的には産業用熱供給源として小型炉も検討の視野に入れており、高温ガス炉の分野で日本との協力を進めている。
原子力既導入国(図1の黄色の国々)は、いずれも既存炉の長期運転を行う方針だが、それでも2030年代以降、順次閉鎖時期を迎える。図1に示す通り、スロバキア、ハンガリーでは発電電力量の2分の1以上、チェコ、スロベニア、ブルガリアで3分の1以上を原子力が占めているが、国内電力供給における原子力の役割もさることながら、注目すべきは、これら原子力既導入国がスロバキア1国を除いて[※2] 、すべて電力輸出国という点である。特にEU加盟国内で1人当たりGDPが下位の1位、2位(2018年)にとどまっているブルガリアとルーマニアにとって、電力は重要な輸出品であるのはもちろんのこと、両国は電力供給体制が脆弱なバルカン地域の電源としての役割を果たしている。チェコやハンガリーも、主にドイツやオーストリア方面へ電力輸出を行っている。またスロベニアはクルスコ原子力発電所を、同じく旧ユーゴスラビアに属していたクロアチアと共同所有しており、同発電所の電力の50%はクロアチアに供給されている。
とりわけ小国が入り組む地域では、各国が自前で全電力を確保することが最善とは限らない。再エネを含むエネルギー資源の賦存状況や人口・経済規模を踏まえると、国の枠を超えて送電網がつながる地域一帯で電力の確保を図る方がより合理的、ということもある。その場合、原子力発電のように、低炭素かつ安価で安定した電力の供給を続けられる電源を持つ輸出国が複数あることは、地域一帯の気候保護、及びエネルギー安全保障に有利に働く。
ただし原子力発電における最大の障壁は、初期投資コストの大きさである。実際、高所得国とはいえないこれら東欧原子力国の大部分が、資金調達の不調による新設計画中止や凍結、遅延を経験している。米国や西欧からの民間ベースでの出資を期待するものの、2000年代に入って以降、選定した出資者の撤退や出資交渉の頓挫といったケースが続いてきた。こうした中で、特に資金力に乏しいブルガリアやルーマニア、ハンガリーは、ロシア、中国、韓国といった、国有企業が中心となり資金面・コスト面で有利な条件を提示するプレイヤーとの協力を選択し、既存炉と同じタイプの炉型を建設する方向で進んでいる。一方、新規導入国のポーランドや、国内で運転中のロシア型VVER以外の炉を導入する可能性が高いチェコでは炉型選定もこれからで、「西側」プレイヤーの関与が期待される。特にポーランドについてはこのところ、米国との接近を強めている。
図1から見て取れるように、これまで東欧における原子力の大きな空白地帯だったポーランドが、現在の計画通り2030年代に原子力発電に参入すれば、ドイツ、イタリア、オーストリアといった政策的に原子力を持たない(あるいは持たなくなる)国々のすぐ東側に、原子力国があたかもベルトのように連なる格好となる。
EUは現在、2050年までに温室効果ガスを正味ゼロとする「気候中立(Climate Neutral)[※3] 」を目指す方針を打ち出し、取組を進めている。これまでもっぱら再エネ拡大に重きを置いてきたEUだが、気候中立という野心的な目標に、地域の特性に応じて幅広いプレイヤーが貢献できるようにするには、再エネだけでなく、利用可能なあらゆる手段をスコープに入れる必要があるだろう。2019年11月には、欧州議会が気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)に先立ち採択した決議文において、原子力発電が気候保護と電力安定供給に果たす役割を積極的に評価する文言を盛り込んだ。この文書に法的な拘束力はないが、これまで原子力発電への直接的な言及を避けてきたEUが、明確なメッセージを示したこと自体新鮮であった。EUの中に原子力と向き合う姿勢が見え始めたことは、大きな変化である。
再エネが有効利用できるところでは最大限にその可能性を活かしつつ、そうでないところでは「あらゆる手段」のひとつとして、原子力というオプションも採り入れる。欧州全体のエネルギーミックスの柔軟性と多様性に東欧地域が貢献していくためには、原子力を低炭素オプションとして確立し、東欧における原子力プロジェクトに対しても、投資や支援がしやすい環境をEU大で整備していく必要がある。
[※1] EUでは、どのような活動がサステナブルといえるのか定義と分類を明確化し、投資におけるグリーンウォッシュ(みせかけだけの環境配慮)を回避しながら、サステナブルな事業への投資を促すことを目指している
[※2] なお、今は電力輸入国となったスロバキアも、EU加盟に際して2基の原子炉を閉鎖するまでは電力輸出国であった。同国では現在建設中のモホフチェ3、4号機が運開することで、需給バランスが回復する見込みである。
[※3] 「気候中立(Climate Neutral)」と類似する概念として、二酸化炭素の排出量と、対策措置による削減量が差し引きゼロ(正味ゼロ)となる状態を指す「炭素中立(Carbon Neutral)」がある。気候中立は、亜酸化窒素やフロンなど炭素系以外も含めた温室効果ガス全体で排出量が正味ゼロとなる状態を指す。
参考文献
●IAEA、Power Reactor Information System (PRIS)、2020年3月4日アクセス
●WNA、World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements, February 2020
●欧州議会、European Parliament resolution of 28 November 2019 on the 2019 UN Climate Change Conference in Madrid, Spain (COP 25) (2019/2712(RSP))、2019年11月
●各国資料
以下の図1は、東欧地域における原子力発電設備容量と基数、発電電力量における原子力シェア、および拡大計画の概況を示したものである。
図 1 東欧地域における原子力発電・拡大概況(2020年3月現在)
出所:IAEA PRIS(2020年3月4日アクセス),WNA等を基に三菱総合研究所作成
東欧地域の多くの国において、電力供給の主力は石炭、天然ガス、原子力である。火力発電では石炭が多く、チェコ、ブルガリアは石炭による発電が発電電力量の約5割を占め、ポーランドに至っては8割にのぼる。またこれらの石炭火力発電プラントの多くが、温室効果ガス排出量が特に多い老朽化プラントである。
世界的な潮流としてエネルギーの低炭素化が求められ、とりわけEUでは現在検討されているサステナブル投資枠組みにおいて、今後、石炭火力関連事業は、たとえ高効率プラントへの最新化プロジェクトであっても、サステナブル投資の認定対象から除外する方向で議論が進むなど、脱石炭の圧力が強い[※1] 。東欧地域もEUの一員として、石炭以外の「クリーンな」電源への順次置き換えを迫られることになる。
再エネについてはそもそも地理的な要因もあってポテンシャルが低い地域も多く、石炭火力に代わる電力供給の柱とすることは難しい。ポテンシャルに見合わない過度な再エネ拡大策は、電力価格の高騰を招き、経済成長の途上にあるこの地域の国々にとって足かせとなりかねない。もう一つの有力な選択肢は天然ガスだが、発電コストが高い上、欧州全体が天然ガスの供給をロシアに大きく依存している。東欧地域においても特にロシアへの警戒感が強い国(ポーランドなど)では、エネルギー依存度が今以上に高まることを望まない。ロシアとの関係が良好であっても、ロシアーウクライナ間でのガス紛争で見られるように、パイプラインの川上でひとたび外交問題からロシアが供給を絞れば、川下の地域も巻き添えを食うリスクがある。
その点、中大型の原子炉は石炭火力をまとめて置き換える、有力な選択肢となりうる。
原子力発電の新規導入を検討しているポーランドでは、2040年までに電力に占める石炭比率を現在の8割から5割まで下げることを目指し、実現の手段として、再エネの拡大と2030年代からの原子力導入の合わせ技をとる方針である。上述のとおり、対ロシアの警戒感が特に強いポーランドでは、原子力発電についても基本的にVVER以外の炉型を想定している模様で、2019年以降、米国エネルギー省(DOE)と3回にわたり原子力導入に向けたエネルギー戦略対話の会合を持つなど、関係を強めている。ポーランドについては、まずは発電用中大型炉の導入を進めるが、将来的には産業用熱供給源として小型炉も検討の視野に入れており、高温ガス炉の分野で日本との協力を進めている。
原子力既導入国(図1の黄色の国々)は、いずれも既存炉の長期運転を行う方針だが、それでも2030年代以降、順次閉鎖時期を迎える。図1に示す通り、スロバキア、ハンガリーでは発電電力量の2分の1以上、チェコ、スロベニア、ブルガリアで3分の1以上を原子力が占めているが、国内電力供給における原子力の役割もさることながら、注目すべきは、これら原子力既導入国がスロバキア1国を除いて[※2] 、すべて電力輸出国という点である。特にEU加盟国内で1人当たりGDPが下位の1位、2位(2018年)にとどまっているブルガリアとルーマニアにとって、電力は重要な輸出品であるのはもちろんのこと、両国は電力供給体制が脆弱なバルカン地域の電源としての役割を果たしている。チェコやハンガリーも、主にドイツやオーストリア方面へ電力輸出を行っている。またスロベニアはクルスコ原子力発電所を、同じく旧ユーゴスラビアに属していたクロアチアと共同所有しており、同発電所の電力の50%はクロアチアに供給されている。
とりわけ小国が入り組む地域では、各国が自前で全電力を確保することが最善とは限らない。再エネを含むエネルギー資源の賦存状況や人口・経済規模を踏まえると、国の枠を超えて送電網がつながる地域一帯で電力の確保を図る方がより合理的、ということもある。その場合、原子力発電のように、低炭素かつ安価で安定した電力の供給を続けられる電源を持つ輸出国が複数あることは、地域一帯の気候保護、及びエネルギー安全保障に有利に働く。
ただし原子力発電における最大の障壁は、初期投資コストの大きさである。実際、高所得国とはいえないこれら東欧原子力国の大部分が、資金調達の不調による新設計画中止や凍結、遅延を経験している。米国や西欧からの民間ベースでの出資を期待するものの、2000年代に入って以降、選定した出資者の撤退や出資交渉の頓挫といったケースが続いてきた。こうした中で、特に資金力に乏しいブルガリアやルーマニア、ハンガリーは、ロシア、中国、韓国といった、国有企業が中心となり資金面・コスト面で有利な条件を提示するプレイヤーとの協力を選択し、既存炉と同じタイプの炉型を建設する方向で進んでいる。一方、新規導入国のポーランドや、国内で運転中のロシア型VVER以外の炉を導入する可能性が高いチェコでは炉型選定もこれからで、「西側」プレイヤーの関与が期待される。特にポーランドについてはこのところ、米国との接近を強めている。
図1から見て取れるように、これまで東欧における原子力の大きな空白地帯だったポーランドが、現在の計画通り2030年代に原子力発電に参入すれば、ドイツ、イタリア、オーストリアといった政策的に原子力を持たない(あるいは持たなくなる)国々のすぐ東側に、原子力国があたかもベルトのように連なる格好となる。
EUは現在、2050年までに温室効果ガスを正味ゼロとする「気候中立(Climate Neutral)[※3] 」を目指す方針を打ち出し、取組を進めている。これまでもっぱら再エネ拡大に重きを置いてきたEUだが、気候中立という野心的な目標に、地域の特性に応じて幅広いプレイヤーが貢献できるようにするには、再エネだけでなく、利用可能なあらゆる手段をスコープに入れる必要があるだろう。2019年11月には、欧州議会が気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)に先立ち採択した決議文において、原子力発電が気候保護と電力安定供給に果たす役割を積極的に評価する文言を盛り込んだ。この文書に法的な拘束力はないが、これまで原子力発電への直接的な言及を避けてきたEUが、明確なメッセージを示したこと自体新鮮であった。EUの中に原子力と向き合う姿勢が見え始めたことは、大きな変化である。
再エネが有効利用できるところでは最大限にその可能性を活かしつつ、そうでないところでは「あらゆる手段」のひとつとして、原子力というオプションも採り入れる。欧州全体のエネルギーミックスの柔軟性と多様性に東欧地域が貢献していくためには、原子力を低炭素オプションとして確立し、東欧における原子力プロジェクトに対しても、投資や支援がしやすい環境をEU大で整備していく必要がある。
[※1] EUでは、どのような活動がサステナブルといえるのか定義と分類を明確化し、投資におけるグリーンウォッシュ(みせかけだけの環境配慮)を回避しながら、サステナブルな事業への投資を促すことを目指している
[※2] なお、今は電力輸入国となったスロバキアも、EU加盟に際して2基の原子炉を閉鎖するまでは電力輸出国であった。同国では現在建設中のモホフチェ3、4号機が運開することで、需給バランスが回復する見込みである。
[※3] 「気候中立(Climate Neutral)」と類似する概念として、二酸化炭素の排出量と、対策措置による削減量が差し引きゼロ(正味ゼロ)となる状態を指す「炭素中立(Carbon Neutral)」がある。気候中立は、亜酸化窒素やフロンなど炭素系以外も含めた温室効果ガス全体で排出量が正味ゼロとなる状態を指す。
参考文献
●IAEA、Power Reactor Information System (PRIS)、2020年3月4日アクセス
●WNA、World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements, February 2020
●欧州議会、European Parliament resolution of 28 November 2019 on the 2019 UN Climate Change Conference in Madrid, Spain (COP 25) (2019/2712(RSP))、2019年11月
●各国資料
以上
【作成:株式会社三菱総合研究所】
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