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【国際】 「ALPS処理水」取扱いを巡るこれまでの検討について

2020年12月18日

   経済産業省資源エネルギー庁が2020年4月から7月にかけて実施した、多核種除去設備等処理水(ALPS処理水)の取扱いに関する意見募集(パブリックコメント)では、約4,000件にも上る意見が集まった。主な意見としては、「処理水の安全性に懸念」や「風評影響を懸念」、「処理水の安全性について、しっかり広報して、世間に知らせた後に、海洋放出するべき」といった意見が寄せられている。パブリックコメントの数は、政府によるALPS処理水の基本的な取扱い方針の決定に注目が集まっていることの証左といえる。本稿では、ALPS処理水の処分の必要性を考察するため、海外の関連情報も紹介しながら、東京電力や政府のこれまでの検討の経緯について述べる。
           
■ ALPS処理水の保管状況はひっ迫
   ALPS処理水とは、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉内部に残っている燃料デブリの冷却に用いられた水や原子炉建屋に流れ込んだ地下水や雨水が、建屋内の放射性物質との接触により発生する汚染水を、ALPS(多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System))を含む複数の浄化設備で処理した水のことをいう。ALPS処理水は、11月19日時点で123万トンが福島第一原子力発電所内のタンクにて貯蔵されており、約860兆ベクレルと推定されているトリチウムを含んでいる。なお、現在保管されているALPS処理水中にはトリチウム以外の放射性核種も存在していることが話題になったが、このことは、東京電力が包み隠すことなく社会に対して説明してきていることでもある。浄化処理が始まった当初は、汚染水に含まれているトリチウム以外の放射性核種の完全な除去に非常に時間を要するため、まずは敷地内に処理水を貯蔵する際の規制要件を達成する濃度まで浄化処理することとし、処理量と処理速度に重きを置いたためである。貯蔵の要件については、敷地境界線量が規制基準で求められている年間1ミリシーベルト未満となることを指している。今後、ALPS処理水を処分する際には、再度ALPSを通し(二次処理)、環境中へ処分する際の基準値まで処理することが発表されている。現在、二次処理の性能試験が行われており、その試験結果は10月より公表されているが、二次処理によって、ALPS処理水の放射能濃度を十分に低減できることが示されている。
   福島の復興のためには、福島第一原子力発電所の廃炉を円滑に進めていくことが不可欠であり、廃炉を円滑に進めていくためには取り出した燃料デブリや廃棄物の一時保管施設、試料の分析用施設など、廃炉に必要となる施設の建設が必要となるため、これ以上タンクを増やすことができない。今月11日には、計画されていた137万トン分のタンクの建設完了が発表されたが、これらタンクは2022年夏頃に満杯となると推定されており、これ以上のタンクの増設は難しいとされている。この地上での貯蔵が限界に近付いていることに対しては、2018年11月に国際原子力機関(IAEA)の国際ピアレビュー調査団が、ALPS処理水の処分方法の解決が廃炉作業の持続可能性にとって重要であり、全てのステークホルダーの関与を得つつ、保管継続ではなく喫緊に処分方法を決定すべきと言及している。

■ 原子力施設からのトリチウム海洋放出は特殊なことなのか
   冒頭に紹介したパブリックコメントにおいても、海洋放出に対する国民からの懸念が示されていた。ALPS処理水については累積量が特徴的ではあるものの、液体廃棄物の海洋放出処分自体は、国内外においてすでに広く安全に行われてきており、このことが社会に必ずしも十分伝わっていないと考えられる。通常の原子力発電所で発生する液体廃棄物は処理を行い、放射能をできる限り低減させ、規制基準値以下としたうえで海洋放出している。この液体廃棄物中にはトリチウムも含まれており、国内の加圧水型軽水炉のサイトからは年間約85兆ベクレル(Bq)のトリチウムが排出されている。一方、表1に示す通り、海外の原子力施設でも同様に、各国の規制基準を遵守して、トリチウムは環境中に排出されており、フランスの再処理施設からは年間約1.3京Bqが排出されている。また韓国は、2020年9月23日に開かれた第64回IAEA定期総会における基調講演で、ALPS処理水の海洋放出について懸念を示しているが、図1に示す通り、毎年韓国においても総量として約50兆Bq~150兆Bqのトリチウムが液体・気体状態で原子力発電所から安全に排出され、国民の理解を得られている。いずれも各国の規制基準値以下での放出であり、人体や環境に有害な影響は確認されていない。

表1 国内外の原子力施設から排出されているトリチウム量

 出所:経済産業省資源エネルギー庁資料より、三菱総合研究所作成。


図1 韓国の各原子力発電所におけるトリチウム排出量の年度推移:液体+気体
出所:韓国水力原子力、原子力発電所周辺環境放射能調査及び評価報告書より、三菱総合研究所作成

■ 処理水に関する国主導の多面的検討は7年にわたる
   では、なぜこれまで福島第一原子力発電所では、処理水を規制基準値以下まで処理して海洋放出とせず、タンクに貯蔵してきたのか。確かにALPS処理水が処分されてタンクの撤去が可能となり、廃炉作業のための空間が確保されれば、福島第一原子力発電所の廃炉作業を、より効率的に進めることができる。すでにIAEAの勧告から2年も経過している中足踏みしてきたのはなぜか。以下に、国の動きも含め、これまでどのような検討が行われてきたのかを跡付ける。
   上述のとおり、処理水の環境中への処分自体は技術的に確立しており、世界でも広く行われている。しかし、福島の復興に関して国内外の注目が集まっている中、海洋放出の影響が実際より大きく捉えられて過剰な反応が起きれば、社会・経済に大きな悪影響が及ぶ。まず第一にこうした過剰な反応に影響されて起こることが想定されるような風評被害の発生を極力避けるためには、十分な検討と説明を尽くす必要がある。こうした観点から、国はALPS処理水の処分に関して、2013年から検討を行ってきた。
   2013年12月から2016年6月まで約2年半にわたって行われたトリチウム水タスクフォースでは、技術的な観点について議論がなされた。トリチウムを含む液体廃棄物は、前述の通り海洋放出が国際的にも標準的な手法であるが、あらゆる選択肢を検討するため、その他の手法も含む5つの処分方法が評価された。処分方法は経済性だけで決定するものではないことは言うまでもないが、技術的手段の実行可能性を考える上での評価結果の一例として、表2に各方法のコスト評価結果を示す。

表2 トリチウム水タスクフォースで検討された5つの処分方法におけるコスト評価結果

出所:経済産業省資源エネルギー庁資料より、三菱総合研究所作成。

   次に社会的な観点も含めた検討が必要となり、2016年11月から2020年2月まで「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(ALPS小委員会)」が設置され、技術・社会の両面での総合的な検討がなされ、同小委員会は2020年3月末に報告書を公表した。
   本報告書を受けて東京電力が公表した検討素案では、処分における基本的考え方として、「どのような処分方法であっても、法令上の要求を遵守することはもちろんのこと、風評被害の抑制に取り組む」としている。また政府はALPS小委員会の報告を踏まえ、2020年4月から、地元自治体や農林水産団体をはじめとしたさまざまな関係者から「ご意見を伺う場」を設けると共に、冒頭に述べた通り、広く国民に対してALPS処理水に関する意見募集を行った。

■ 規制機関、国際機関ともに海洋放出が現実的解のひとつと判断
   東京電力や経済産業省以外の機関のALPS処理水に対する考えとしては、原子力規制委員会が、海洋放出は科学的な観点で実行可能な唯一の処分方法と見解を示しており、政府方針が決まれば、放射性物質のモニタリングを強化していく考えを明らかにしている。さらに、国際的な安全基準を設定しているIAEAからは、2020年2月にグロッシー事務局長が福島第一原子力発電所を訪問し、ALPS処理水の処分方法に関して、海洋放出、水蒸気放出の2つの選択肢は技術的に実現可能であり、国際慣行に沿っていること、また放出に際して国際的な基準を満たしていることの確認をモニタリング等で行い、公衆の安心につなげることが可能と言及した。その後、ALPS小委員会報告書に対するIAEAレビューの結果が4月に公開され、改めてALPS処理水の海洋放出、水蒸気放出の2つの選択肢について、技術的に実行可能であると評価したとともに、現時点においてトリチウム分離方法の追求に明確な優位性がないとした。

■ ALPS処理水の処分方針の決定に向けて一層丁寧な国民説明を
   このように、国際機関、政府、東京電力および小委員会にて、ALPS処理水の処分方法に関して検討が行われてきたが、その処分方法の決定にあたっては、これまで以上に、決定プロセスの透明性を確保し、決定プロセスおよびその結論に対し、国民の理解・納得が得られるよう最善を尽くすことが望まれる。さらに、透明性の確保だけでなく、国際的な慣例にも従いながら検討していることを今後も国内外に分かりやすく伝えていくことが重要である。ALPS処理水の処分に関しては国内外から懸念が寄せられているが、通常の原子力発電所の運転で発生するトリチウムを含んだ液体廃棄物と、事故炉である福島第一原子力発電所から発生した液体廃棄物では懸念度合が異なるのは当然である。しかし、科学的には同じ物質であることを踏まえ、その安全性をより一層、国内外に丁寧に伝えていかなければならない。加えて、処分方法が決定した後においても、風評被害の抑制に努め、細心の注意を払いながら処分を実施する必要があり、継続した透明性の確保や万が一の異常検知の際に速やかに処分を停止するなどの対応の徹底が求められる。
   ALPS処理水の処分が円滑に進むことは福島第一原子力発電所の廃炉を確実・安全に進めていくための「大きな一歩」となる。慎重かつ丁寧に、しかし力強く踏み出すことが望まれる。

【参考文献】
●経済産業省、ALPS処理水について(福島第一原子力発電所の廃炉対策)、令和2年11月、https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/pdf/202011.pdf
●経済産業省、多核種除去設備等処理水の取扱いに関する検討状況について、令和2年、https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/fukushimahyougikai/2020/pdf/0219_5_1.pdf
●トリチウム水タスクフォース、トリチウム水タスクフォース報告書、平成28年6月、https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/tritium_tusk/pdf/160603_01.pdf
●東京電力ホールディングス株式会社、福島第一原子力発電所の状況について(日報)、2020年12月11日、2020年12月閲覧、https://www.tepco.co.jp/press/report/2020/1566079_8987.html
●東京電力ホールディングス株式会社、多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会報告書を受けた当社の検討素案について、2020年3月24日、https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/images/200324.pdf
●東京電力ホールディングス株式会社、福島第一原子力発電所多核種除去設備等処理水の二次処理性能確認試験結果(速報)、2020年10月15日、https://www.tepco.co.jp/decommission/information/newsrelease/reference/pdf/2020/2h/rf_20201015_1.pdf
●東京電力ホールディングス株式会社、多核種除去設備等処理⽔の⼆次処理性能確認試験の状況について、2020年11月26日、https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2020/11/3-1-3.pdf
●三菱総合研究所、「トリチウム水」って何?汚染水対策の最新状況と今後の課題、2018年6月20日、2020年12月閲覧、https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20180620.html
●韓国水力原子力、原子力発電所周辺環境放射能調査及び評価報告書、2010年~2018年
●韓国科学技術情報通信部、Press Releases: Raise concern for the disposal of the contaminated water from the Japanese Fukushima Plant and highlight the importance of communicating with the international community at the 64th IAEA General Conference (Sep. 22)、2020年12月閲覧、http://english.msip.go.kr/english/msipContents/contentsView.do?cateId=tst56&artId=3148834
●国際原子力機関、Review Report, IAEA Follow-up Review of Progress Made on Management of ALPS Treated Water and the Report of the Subcommittee on Handling of ALPS treated water at TEPCO’s Fukushima Daiichi Nuclear Power Station、2020年4月、https://www.meti.go.jp/press/2020/04/20200402002/20200402002-2.pdf

以上

【作成:株式会社三菱総合研究所
 

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