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【世界】ロシアによるウクライナ侵攻と原子力~欧州の選択
2022年8月22日
はじめに
2022年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始して以降、世界中でエネルギー安全保障への危機感が高まり続けている。特に地理的に近い欧州では、欧州連合(EU)全体で天然ガス消費の40%、石油の25%をロシア産が占めており、エネルギー部門におけるロシア依存のリスクが顕在化した。ロシアへの依存は、化石燃料に留まらず原子力にも及んでいる。とりわけ、ロシア型加圧水型原子炉(VVER)が集中する旧共産圏の東欧地域では、炉型に合わせて燃料供給その他のサービスもロシアに拠るところが大きい(図 1)。東欧地域の一部の国々では、こうした状況に危機感を抱き、すでに数年来、原子力におけるロシア一辺倒の状況を脱しようとする動きが見られていたが、ロシアのウクライナ侵攻によりその動きが加速することとなった。とはいえ、全てが脱ロシアとはいかないのが現実である。
本稿では、ウクライナ侵攻を挟んで、EU及び周辺国が原子力分野においてロシアに対しどのような姿勢を取っているのか(脱ロシアか、協力継続か)、主な動きを紹介する。
併せて、エネルギーのロシア依存脱却を重要課題とするEUでの原子力の位置づけについて、2022年5月のエネルギーロシア依存脱却計画「REPowerEU」、及び2022年7月に決着の道筋がついた「EUタクソノミー」にも触れつつ整理する。
図 1 欧州におけるVVER炉運転・建設状況
出所)世界原子力協会(WNA), “World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements” ほかに基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ作成
脱ロシアか、ロシアとの協力継続か、それぞれの選択
ロシアへの依存度が高いエネルギー資源の筆頭である天然ガスについては、代替手段としてロシア以外の国からの液化天然ガス(LNG)の確保、確保したLNGを受け入れるためのインフラ新設、水素導入の加速といった手段が採られているが、原子力については主に以下のような動きが見られる。
<脱ロシアの動き>
ロシアによるウクライナ侵攻以前から、エネルギー・国家安全保障の観点から、原子力においてもロシア離れを企図する動きがあったが、侵攻後はその動きが拡大している。
● ウクライナ:
国内15基の既存炉は全てVVERで、燃料もロシアに依存していたが、2000年代初頭には、燃料供給先の多様化に向け、米ウェスティングハウス(米WH)社との交渉を開始していた。2010年から、VVER-1000炉において、米WH社製燃料の装荷開始。その後米WH社とチェコやスロバキア等で構成するコンソーシアムが、VVER-440用燃料についてもサプライチェーンを構築。2025年以降の装荷開始に向け、燃料のロシア依存脱却を着実に進めてきた。2022年の段階で、すでに既存炉の半数を超える8基で米WH社燃料の供給が開始されていた。ウクライナは新設炉建設でも脱ロシアを進めており、ロシアと締結していたフメルニツキ3、4号機の建設契約を2016年に破棄、その後2021年に米WH社と、4号機のAP1000への置き換えを含む同炉5基の建設契約を締結した。こうした流れの中、ロシアによる侵攻が起こると、ウクライナエネルゴアトム社はロシアからの燃料調達を停止し、2022年6月3日には米WHと協定を結び、同社による燃料供給を全炉に拡大するとともに、原子炉についてもAP1000の導入計画を従前の5基から9基に拡大することで合意した。
● チェコ:
既存6基は全てVVERである。現在、ドコバニ原子力発電所増設に向けた入札手続きが進行中である。ドコバニの増設にはロシアも関心を表明していたが、2021年4月、2014年に同国で発生した弾薬庫爆発事件にロシア情報機関の関与が確認されたとして、チェコ政府は安全保障上の事由から、ロシアを入札手続きから排除することを閣議決定した。このため新設炉はVVER以外となることがすでに決まっていた。テメリン原子力発電所の既存炉のVVER燃料についても、2025年以降の次期契約分の調達に向けて2020年から入札手続きが進められ、供給元の多様化の観点から、2社を選定する方針が示されていた。ウクライナ侵攻後の2022年4月に発表された入札結果では、米WHと仏Framatomeが選定され、現供給者であるロシアTVEL社は外れることになった。なお、ドコバニ原子力発電所の既存炉については、適合する燃料を提供できるのがロシアのみであるため、運転終了までロシアから供給を受ける現行契約が維持される見通しである。
● スウェーデン:
同国はVVER保有国ではない。しかし、2016年にバッテンフォール社がロシアと契約し、PWR燃料の供給を受けてきた。同社はロシアがウクライナに侵攻すると直ちに、スウェーデン国内炉へのロシアからの燃料供給を全面停止した。今後ロシアへの新規発注は行わず、ロシア以外の様々な国から調達する意向を表明した。
● フィンランド:
ハンヒキビ原子力発電所1号機として、ロシアがVVER-1200を建設する計画であった。しかしフェンノボイマ社2022年は5月2日に、ロシアとの契約解除を発表し、同月24日には建設許可申請を撤回した。
● スロバキア:
同国も運転中4基、建設中2基全てがVVERである。ウクライナ侵攻を受け、今後の燃料供給の多様化に向けた米WHとの交渉を開始している。ただし現状ではロシアが唯一の供給者であり、当座の燃料を確保する必要があることから、2022年3月には、ウクライナ侵攻を受けたEUによるロシア航空機のEU領空飛行禁止措置の適用除外をEUに申請し、ロシアからの核燃料特別空輸を手配した。
<ロシアとの協力を継続する動き>
上述のとおり、多くの国々が、炉の新設や燃料供給において、ロシア以外の選択肢を模索する動きを見せているが、ロシアとの協力を継続する国もある。これらの国では、ロシアの資金支援を前提とした計画がすでに進んでおり、中長期的な電源確保に向けて、現行の計画を続行させる意向である。
● ハンガリー:
ハンガリーもEUの一国として、ロシアによるウクライナ侵攻を非難している。その一方で、オルバン首相は侵攻直後の2月27日に、中長期的な電力確保、国内消費者への影響への懸念から、パクシュⅡ原子力発電所(VVER-1200 2基)建設計画を続行することを表明した。本プロジェクトは、ロシアから100億ユーロの国家融資を受ける。ただし、2021年に最終建設許可申請が原子力当局に却下された後、追加書類を伴う再申請が未だなされておらず、当初の予定から5年ほど遅延する見込みである。
● トルコ:
アックユでVVER-1200を4基建設する計画が進められており、ロシアによるウクライナ侵攻前の段階で3基の建設が開始済みであった。トルコはロシアとウクライナの仲介役としての立ち位置を示し、EU諸国の対ロシア制裁姿勢と一定の距離をおいている。ウクライナ侵攻による計画の変更は無く、2022年7月には4基目の建設も開始されている。
欧州における原子炉新設、燃料に関する対ロシア姿勢の概況を、以下の図 2に示す。
上述の通り、技術的要因(チェコのドコバニ)、あるいは資金面の問題(ハンガリーのパクシュⅡ)などから、EU周辺各国として完全にロシアと手を切るというわけにはいかない。しかし、原子炉を安定的に運転してエネルギー自給率を高め、エネルギー安全保障を確保する手段として活用していく上では、ロシア依存の脱却、低減が不可避であり、脱ロシアの動きが強まっていることは確かである。
図 2 欧州周辺における原子炉新設・核燃料に関する「対ロシア」主要状況
EUにおける天然ガスと原子力
<エネルギーのロシア依存脱却>
エネルギー調達のロシア依存の脱却は目下、EUにとって重要課題である。欧州委員会は2022年5月、エネルギーのロシア依存脱却に向けた計画「REPowerEU」を公表した。この計画のメインはロシア産天然ガスの代替、利用回避であり、EU大での再生可能エネルギー(再エネ)、電力網の拡充、また再エネによる水素製造・利用技術・インフラ整備の加速などが中心的な対応となる。加えて、これらの手段だけでエネルギーの安定供給、安全保障を速やかに、また中長期的に確保することは難しく、「合わせ技」として、原子力利用や石炭火力利用の一時的な増加や閉鎖の後ろ倒しにも言及がなされている。
同計画では、原子力発電がロシアの化石燃料からの脱却に役割を担いうるとし、また、「原子力ベースで製造された水素[※1] 」についても化石燃料に拠らないガスとして天然ガスの代替に役割を果たしうるとしている。一方で、原子力がこうした役割を果たす上で、燃料をロシアに依存している加盟国の供給元多様化が重要であり、欧州内またはEUのグローバル・パートナー(国・地域)の転換、濃縮、燃料製造能力向上が必要としている。なお、燃料サプライチェーンを持つ国は限られており、これは実質、米仏を想定しているものと考えられる。
石炭火力利用については、欧州大で早期撤退が目指されているが、とりわけ原子力発電を持たない、あるいは撤退する国では現実問題として、手持ちの電源である石炭火力の利用が避けられない。顕著な例として、環境意識が高いとされるドイツやオーストリアにおいて、気候目標や脱石炭火力完了のゴールは動かさないものの、足下では緊急対応として、石炭火力の稼働を増やして電力供給を確保している状態である。
<サステナブルな経済活動としての天然ガスと原子力>
エネルギー安全保障への注目が集まるさなかだが、EUでは持続可能性(サステナビリティ)、環境適合性の観点も引き続き追求していく意向である。2022年7月6日に、欧州議会が「EUタクソノミー補完委任規則」への反対決議を否決した。これにより、一定の基準に適合する天然ガス、原子力事業への投資を、EUにおいてグリーン投資と位置づけることが可能になった。EUタクソノミーとは、EUが経済活動を「仕分け」し、どのような活動がどのような基準を満たせばサステナビリティな経済活動と言えるのかを規定するもので、これにより、グリーン投資を名乗る資金が、実際にはサステナブルではない経済活動に流れ込む「グリーンウォッシュ」を防止しようという取り組みである。EUでは、原子力と天然ガスを「タクソノミー入り」させるか否か、土壇場まで意見の対立があった。欧州委員会は2022年2月に、原子力と天然ガスに関するEUタクソノミー対象活動と基準を盛り込んだ補完委任規則を採択したが、この規則が正式に成立するには、欧州議会・理事会が反対決議を採決しないこと、という条件があった。
欧州理事会では反対動議は出されなかったが、ウクライナ問題で天然ガス全体への風当たりが強まる中、欧州議会では反対動議が出された。7月6日の本会議採決でこの動議が採択されなかったことで、同規則は、2023年1月1日付で発効する運びとなった。
この補完委任規則では、天然ガスに対して厳しい二酸化炭素排出量基準を設けている。原子力に対しても、低中レベル放射性廃棄物は操業中の最終処分場が存在すること、高レベル放射性廃棄物も2050年までに処分場を操業開始する計画があることなど、廃棄物関連で厳しい要件がある。また、2025年以降の新設炉、運転延長炉で事故耐性燃料の使用を求めるなど、グリーンな経済活動を標榜するには、さまざまな厳しい条件をクリアする必要がある。しかしそれでも、EUタクソノミーの議論を通じて、気候変動の抑制に貢献しうる経済活動とEUが判断したことは、原子力にとって一定の追い風になるであろう。
ただし、タクソノミー入りしたからといって、原子力発電所の新設が莫大な初期投資を要する活動であることに変わりはなく、資金調達のリスクが一掃されるわけではない。2021年に、過去数年来掲げてきた減原子力政策を撤回して「原子力ルネッサンス」を宣言した原子力国筆頭のフランスも、国内外で原子炉新設を行っていくその前に、プロジェクトを主管するフランス電力(EDF)の完全国有化や、原子力サプライチェーンの再強化など、基盤の強化にこれから本腰を入れるところである。
我が国への示唆
ロシアによるウクライナ侵攻は、改めて国家・地域の自治やエネルギー調達に係る安全保障の重要性を、世界中に強く認識させた。
すでに言及したように、これまで主としてパイプライン経由でロシア産天然ガスの供給を受けてきた欧州諸国が、直近の代替手段としてLNGへの乗換を図っている。島国である我が国は、これまでもガスを専らLNGとして調達し、多くを長期契約で確保してきた。しかし従来ほとんどLNGの買い手として市場に登場してこなかった、ドイツその他の欧州各国が参画してくることで、LNGの国際的な争奪戦が激化し、中長期的な価格高騰が危惧される。我が国が権益を有する、ロシアのサハリン州の天然ガス・LNG開発事業「サハリン2」では、ロシア政府が新設するロシア企業に運営を移管する法律を2022年7月に成立させた。我が国は引き続き権益の確保に努める方向だが、行方は不透明な状況である。
こうした中で我が国を含む多くの先進国が、気候保全、カーボンニュートラルの旗印を降ろさず、かつエネルギー源を確保しようと苦闘している。すでに言及したドイツやオーストリアの例のように、中長期の環境、低炭素目標は堅持しつつも、一時的に石炭火力の利用を増やす国もある。我が国でも、政府が7月14日に、今冬までに最大9基の原子炉を再稼働させるとともに、火力発電所についても追加10基の能力確保を図る方針を示した。
エネルギーは、「経済活動を支える血液」とも呼ばれる。資源の争奪戦に伴うエネルギー価格の高騰、電力価格の高騰は、国の産業、経済を大きく圧迫する。資源が少ない我が国は、争奪戦の中で必要な資源を確保できなくなれば、深刻な打撃を被る。エネルギー・電力の利用に大きな制限がかかることはもちろん、利用の制限では追い付かない、あるいはエネルギー・電力インフラのどこかでトラブルが発生すれば、大規模停電のような広域にわたるダメージが発生する可能性がある。
エネルギー源の多様性は、現在のような危機的状況下における影響を最小化、緩和し、国や社会の未来に向けた歩みを止めないために、極めて重要である。上述のとおり、我が国では今冬に向けて、原子力を含めた電源の多様性確保を想定しているが、ここで原子力というオプションが欠けた場合、老朽火力の稼働をさらに増やすことになるが、これにも限界がある。また我が国に限らず、窮余の策として石炭利用を増やす国は多く、石炭の価格も高騰している。さらに石炭利用のさらなる増加は、2050年のカーボンニュートラルという目標の達成の困難度を大きく上昇させることになる。どの国においても、国民生活・経済の土台を維持発展させる上で、足下から中長期まで途切れることのない、エネルギー安全保障、安定供給の確保が必須条件である。そのためには、エネルギーの供給元及び技術の多様性、電力においては電源の多様性を確保しつつ、新エネルギーや水素など、低炭素・革新技術の開発と実用化を追求していくことが重要である。
我が国は、エネルギー政策の大原則としてS+3E[※2] を掲げている。エネルギー供給の危機回避と、気候目標等の中長期目標とを、どのように整合させていくのか。また安全性を絶え間なく向上させ続け、原子力技術の自立性を確保していく上で、国内の電気事業、サプライチェーンをどのように維持強化していくべきか。欧州の苦闘は対岸の火事ではない。世界の国々同様、我が国でも相当の覚悟をもって、議論し道筋を決断していくべき岐路に来ている。
[※1]原子力による電力や熱を利用して製造された水素
[※2]安全性(Safety)を大前提とし、自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時達成するという、日本エネルギー政策の大原則。
・参考文献
●米WH社, “Energoatom and Westinghouse Reaffirm Clean Energy Partnership, Announce Expanded Cooperation on Westinghouse-supplied VVER Fuel and AP1000® Plants to be Built in Ukraine”、2022年6月6日
https://info.westinghousenuclear.com/news/energoatom-and-westinghouse-reaffirm-clean-energy-partnership
●欧州委員会、EU Taxonomy: Complementary Climate Delegated Act”(2022)
https://ec.europa.eu/finance/docs/level-2-measures/taxonomy-regulation-delegated-act-2022-631_en.pdf
●欧州委員会、“COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE EUROPEAN COUNCIL, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS REPowerEU Plan”、2022年5月18日
https://energy.ec.europa.eu/document/download/2768374e-49e8-48a8-af16-f63a62ab7576_en?filename=COM_2022_230_1_EN_ACT_part1_v5.pdf
●欧州議会プレスリリース、” Taxonomy: MEPs do not object to inclusion of gas and nuclear activities”、2022年7月6日
https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20220701IPR34365/taxonomy-meps-do-not-object-to-inclusion-of-gas-and-nuclear-activities
2022年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始して以降、世界中でエネルギー安全保障への危機感が高まり続けている。特に地理的に近い欧州では、欧州連合(EU)全体で天然ガス消費の40%、石油の25%をロシア産が占めており、エネルギー部門におけるロシア依存のリスクが顕在化した。ロシアへの依存は、化石燃料に留まらず原子力にも及んでいる。とりわけ、ロシア型加圧水型原子炉(VVER)が集中する旧共産圏の東欧地域では、炉型に合わせて燃料供給その他のサービスもロシアに拠るところが大きい(図 1)。東欧地域の一部の国々では、こうした状況に危機感を抱き、すでに数年来、原子力におけるロシア一辺倒の状況を脱しようとする動きが見られていたが、ロシアのウクライナ侵攻によりその動きが加速することとなった。とはいえ、全てが脱ロシアとはいかないのが現実である。
本稿では、ウクライナ侵攻を挟んで、EU及び周辺国が原子力分野においてロシアに対しどのような姿勢を取っているのか(脱ロシアか、協力継続か)、主な動きを紹介する。
併せて、エネルギーのロシア依存脱却を重要課題とするEUでの原子力の位置づけについて、2022年5月のエネルギーロシア依存脱却計画「REPowerEU」、及び2022年7月に決着の道筋がついた「EUタクソノミー」にも触れつつ整理する。
図 1 欧州におけるVVER炉運転・建設状況
出所)世界原子力協会(WNA), “World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements” ほかに基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ作成
脱ロシアか、ロシアとの協力継続か、それぞれの選択
ロシアへの依存度が高いエネルギー資源の筆頭である天然ガスについては、代替手段としてロシア以外の国からの液化天然ガス(LNG)の確保、確保したLNGを受け入れるためのインフラ新設、水素導入の加速といった手段が採られているが、原子力については主に以下のような動きが見られる。
<脱ロシアの動き>
ロシアによるウクライナ侵攻以前から、エネルギー・国家安全保障の観点から、原子力においてもロシア離れを企図する動きがあったが、侵攻後はその動きが拡大している。
● ウクライナ:
国内15基の既存炉は全てVVERで、燃料もロシアに依存していたが、2000年代初頭には、燃料供給先の多様化に向け、米ウェスティングハウス(米WH)社との交渉を開始していた。2010年から、VVER-1000炉において、米WH社製燃料の装荷開始。その後米WH社とチェコやスロバキア等で構成するコンソーシアムが、VVER-440用燃料についてもサプライチェーンを構築。2025年以降の装荷開始に向け、燃料のロシア依存脱却を着実に進めてきた。2022年の段階で、すでに既存炉の半数を超える8基で米WH社燃料の供給が開始されていた。ウクライナは新設炉建設でも脱ロシアを進めており、ロシアと締結していたフメルニツキ3、4号機の建設契約を2016年に破棄、その後2021年に米WH社と、4号機のAP1000への置き換えを含む同炉5基の建設契約を締結した。こうした流れの中、ロシアによる侵攻が起こると、ウクライナエネルゴアトム社はロシアからの燃料調達を停止し、2022年6月3日には米WHと協定を結び、同社による燃料供給を全炉に拡大するとともに、原子炉についてもAP1000の導入計画を従前の5基から9基に拡大することで合意した。
● チェコ:
既存6基は全てVVERである。現在、ドコバニ原子力発電所増設に向けた入札手続きが進行中である。ドコバニの増設にはロシアも関心を表明していたが、2021年4月、2014年に同国で発生した弾薬庫爆発事件にロシア情報機関の関与が確認されたとして、チェコ政府は安全保障上の事由から、ロシアを入札手続きから排除することを閣議決定した。このため新設炉はVVER以外となることがすでに決まっていた。テメリン原子力発電所の既存炉のVVER燃料についても、2025年以降の次期契約分の調達に向けて2020年から入札手続きが進められ、供給元の多様化の観点から、2社を選定する方針が示されていた。ウクライナ侵攻後の2022年4月に発表された入札結果では、米WHと仏Framatomeが選定され、現供給者であるロシアTVEL社は外れることになった。なお、ドコバニ原子力発電所の既存炉については、適合する燃料を提供できるのがロシアのみであるため、運転終了までロシアから供給を受ける現行契約が維持される見通しである。
● スウェーデン:
同国はVVER保有国ではない。しかし、2016年にバッテンフォール社がロシアと契約し、PWR燃料の供給を受けてきた。同社はロシアがウクライナに侵攻すると直ちに、スウェーデン国内炉へのロシアからの燃料供給を全面停止した。今後ロシアへの新規発注は行わず、ロシア以外の様々な国から調達する意向を表明した。
● フィンランド:
ハンヒキビ原子力発電所1号機として、ロシアがVVER-1200を建設する計画であった。しかしフェンノボイマ社2022年は5月2日に、ロシアとの契約解除を発表し、同月24日には建設許可申請を撤回した。
● スロバキア:
同国も運転中4基、建設中2基全てがVVERである。ウクライナ侵攻を受け、今後の燃料供給の多様化に向けた米WHとの交渉を開始している。ただし現状ではロシアが唯一の供給者であり、当座の燃料を確保する必要があることから、2022年3月には、ウクライナ侵攻を受けたEUによるロシア航空機のEU領空飛行禁止措置の適用除外をEUに申請し、ロシアからの核燃料特別空輸を手配した。
<ロシアとの協力を継続する動き>
上述のとおり、多くの国々が、炉の新設や燃料供給において、ロシア以外の選択肢を模索する動きを見せているが、ロシアとの協力を継続する国もある。これらの国では、ロシアの資金支援を前提とした計画がすでに進んでおり、中長期的な電源確保に向けて、現行の計画を続行させる意向である。
● ハンガリー:
ハンガリーもEUの一国として、ロシアによるウクライナ侵攻を非難している。その一方で、オルバン首相は侵攻直後の2月27日に、中長期的な電力確保、国内消費者への影響への懸念から、パクシュⅡ原子力発電所(VVER-1200 2基)建設計画を続行することを表明した。本プロジェクトは、ロシアから100億ユーロの国家融資を受ける。ただし、2021年に最終建設許可申請が原子力当局に却下された後、追加書類を伴う再申請が未だなされておらず、当初の予定から5年ほど遅延する見込みである。
● トルコ:
アックユでVVER-1200を4基建設する計画が進められており、ロシアによるウクライナ侵攻前の段階で3基の建設が開始済みであった。トルコはロシアとウクライナの仲介役としての立ち位置を示し、EU諸国の対ロシア制裁姿勢と一定の距離をおいている。ウクライナ侵攻による計画の変更は無く、2022年7月には4基目の建設も開始されている。
欧州における原子炉新設、燃料に関する対ロシア姿勢の概況を、以下の図 2に示す。
上述の通り、技術的要因(チェコのドコバニ)、あるいは資金面の問題(ハンガリーのパクシュⅡ)などから、EU周辺各国として完全にロシアと手を切るというわけにはいかない。しかし、原子炉を安定的に運転してエネルギー自給率を高め、エネルギー安全保障を確保する手段として活用していく上では、ロシア依存の脱却、低減が不可避であり、脱ロシアの動きが強まっていることは確かである。
図 2 欧州周辺における原子炉新設・核燃料に関する「対ロシア」主要状況
EUにおける天然ガスと原子力
<エネルギーのロシア依存脱却>
エネルギー調達のロシア依存の脱却は目下、EUにとって重要課題である。欧州委員会は2022年5月、エネルギーのロシア依存脱却に向けた計画「REPowerEU」を公表した。この計画のメインはロシア産天然ガスの代替、利用回避であり、EU大での再生可能エネルギー(再エネ)、電力網の拡充、また再エネによる水素製造・利用技術・インフラ整備の加速などが中心的な対応となる。加えて、これらの手段だけでエネルギーの安定供給、安全保障を速やかに、また中長期的に確保することは難しく、「合わせ技」として、原子力利用や石炭火力利用の一時的な増加や閉鎖の後ろ倒しにも言及がなされている。
同計画では、原子力発電がロシアの化石燃料からの脱却に役割を担いうるとし、また、「原子力ベースで製造された水素[※1] 」についても化石燃料に拠らないガスとして天然ガスの代替に役割を果たしうるとしている。一方で、原子力がこうした役割を果たす上で、燃料をロシアに依存している加盟国の供給元多様化が重要であり、欧州内またはEUのグローバル・パートナー(国・地域)の転換、濃縮、燃料製造能力向上が必要としている。なお、燃料サプライチェーンを持つ国は限られており、これは実質、米仏を想定しているものと考えられる。
石炭火力利用については、欧州大で早期撤退が目指されているが、とりわけ原子力発電を持たない、あるいは撤退する国では現実問題として、手持ちの電源である石炭火力の利用が避けられない。顕著な例として、環境意識が高いとされるドイツやオーストリアにおいて、気候目標や脱石炭火力完了のゴールは動かさないものの、足下では緊急対応として、石炭火力の稼働を増やして電力供給を確保している状態である。
<サステナブルな経済活動としての天然ガスと原子力>
エネルギー安全保障への注目が集まるさなかだが、EUでは持続可能性(サステナビリティ)、環境適合性の観点も引き続き追求していく意向である。2022年7月6日に、欧州議会が「EUタクソノミー補完委任規則」への反対決議を否決した。これにより、一定の基準に適合する天然ガス、原子力事業への投資を、EUにおいてグリーン投資と位置づけることが可能になった。EUタクソノミーとは、EUが経済活動を「仕分け」し、どのような活動がどのような基準を満たせばサステナビリティな経済活動と言えるのかを規定するもので、これにより、グリーン投資を名乗る資金が、実際にはサステナブルではない経済活動に流れ込む「グリーンウォッシュ」を防止しようという取り組みである。EUでは、原子力と天然ガスを「タクソノミー入り」させるか否か、土壇場まで意見の対立があった。欧州委員会は2022年2月に、原子力と天然ガスに関するEUタクソノミー対象活動と基準を盛り込んだ補完委任規則を採択したが、この規則が正式に成立するには、欧州議会・理事会が反対決議を採決しないこと、という条件があった。
欧州理事会では反対動議は出されなかったが、ウクライナ問題で天然ガス全体への風当たりが強まる中、欧州議会では反対動議が出された。7月6日の本会議採決でこの動議が採択されなかったことで、同規則は、2023年1月1日付で発効する運びとなった。
この補完委任規則では、天然ガスに対して厳しい二酸化炭素排出量基準を設けている。原子力に対しても、低中レベル放射性廃棄物は操業中の最終処分場が存在すること、高レベル放射性廃棄物も2050年までに処分場を操業開始する計画があることなど、廃棄物関連で厳しい要件がある。また、2025年以降の新設炉、運転延長炉で事故耐性燃料の使用を求めるなど、グリーンな経済活動を標榜するには、さまざまな厳しい条件をクリアする必要がある。しかしそれでも、EUタクソノミーの議論を通じて、気候変動の抑制に貢献しうる経済活動とEUが判断したことは、原子力にとって一定の追い風になるであろう。
ただし、タクソノミー入りしたからといって、原子力発電所の新設が莫大な初期投資を要する活動であることに変わりはなく、資金調達のリスクが一掃されるわけではない。2021年に、過去数年来掲げてきた減原子力政策を撤回して「原子力ルネッサンス」を宣言した原子力国筆頭のフランスも、国内外で原子炉新設を行っていくその前に、プロジェクトを主管するフランス電力(EDF)の完全国有化や、原子力サプライチェーンの再強化など、基盤の強化にこれから本腰を入れるところである。
我が国への示唆
ロシアによるウクライナ侵攻は、改めて国家・地域の自治やエネルギー調達に係る安全保障の重要性を、世界中に強く認識させた。
すでに言及したように、これまで主としてパイプライン経由でロシア産天然ガスの供給を受けてきた欧州諸国が、直近の代替手段としてLNGへの乗換を図っている。島国である我が国は、これまでもガスを専らLNGとして調達し、多くを長期契約で確保してきた。しかし従来ほとんどLNGの買い手として市場に登場してこなかった、ドイツその他の欧州各国が参画してくることで、LNGの国際的な争奪戦が激化し、中長期的な価格高騰が危惧される。我が国が権益を有する、ロシアのサハリン州の天然ガス・LNG開発事業「サハリン2」では、ロシア政府が新設するロシア企業に運営を移管する法律を2022年7月に成立させた。我が国は引き続き権益の確保に努める方向だが、行方は不透明な状況である。
こうした中で我が国を含む多くの先進国が、気候保全、カーボンニュートラルの旗印を降ろさず、かつエネルギー源を確保しようと苦闘している。すでに言及したドイツやオーストリアの例のように、中長期の環境、低炭素目標は堅持しつつも、一時的に石炭火力の利用を増やす国もある。我が国でも、政府が7月14日に、今冬までに最大9基の原子炉を再稼働させるとともに、火力発電所についても追加10基の能力確保を図る方針を示した。
エネルギーは、「経済活動を支える血液」とも呼ばれる。資源の争奪戦に伴うエネルギー価格の高騰、電力価格の高騰は、国の産業、経済を大きく圧迫する。資源が少ない我が国は、争奪戦の中で必要な資源を確保できなくなれば、深刻な打撃を被る。エネルギー・電力の利用に大きな制限がかかることはもちろん、利用の制限では追い付かない、あるいはエネルギー・電力インフラのどこかでトラブルが発生すれば、大規模停電のような広域にわたるダメージが発生する可能性がある。
エネルギー源の多様性は、現在のような危機的状況下における影響を最小化、緩和し、国や社会の未来に向けた歩みを止めないために、極めて重要である。上述のとおり、我が国では今冬に向けて、原子力を含めた電源の多様性確保を想定しているが、ここで原子力というオプションが欠けた場合、老朽火力の稼働をさらに増やすことになるが、これにも限界がある。また我が国に限らず、窮余の策として石炭利用を増やす国は多く、石炭の価格も高騰している。さらに石炭利用のさらなる増加は、2050年のカーボンニュートラルという目標の達成の困難度を大きく上昇させることになる。どの国においても、国民生活・経済の土台を維持発展させる上で、足下から中長期まで途切れることのない、エネルギー安全保障、安定供給の確保が必須条件である。そのためには、エネルギーの供給元及び技術の多様性、電力においては電源の多様性を確保しつつ、新エネルギーや水素など、低炭素・革新技術の開発と実用化を追求していくことが重要である。
我が国は、エネルギー政策の大原則としてS+3E[※2] を掲げている。エネルギー供給の危機回避と、気候目標等の中長期目標とを、どのように整合させていくのか。また安全性を絶え間なく向上させ続け、原子力技術の自立性を確保していく上で、国内の電気事業、サプライチェーンをどのように維持強化していくべきか。欧州の苦闘は対岸の火事ではない。世界の国々同様、我が国でも相当の覚悟をもって、議論し道筋を決断していくべき岐路に来ている。
[※1]原子力による電力や熱を利用して製造された水素
[※2]安全性(Safety)を大前提とし、自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時達成するという、日本エネルギー政策の大原則。
・参考文献
●米WH社, “Energoatom and Westinghouse Reaffirm Clean Energy Partnership, Announce Expanded Cooperation on Westinghouse-supplied VVER Fuel and AP1000® Plants to be Built in Ukraine”、2022年6月6日
https://info.westinghousenuclear.com/news/energoatom-and-westinghouse-reaffirm-clean-energy-partnership
●欧州委員会、EU Taxonomy: Complementary Climate Delegated Act”(2022)
https://ec.europa.eu/finance/docs/level-2-measures/taxonomy-regulation-delegated-act-2022-631_en.pdf
●欧州委員会、“COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE EUROPEAN COUNCIL, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS REPowerEU Plan”、2022年5月18日
https://energy.ec.europa.eu/document/download/2768374e-49e8-48a8-af16-f63a62ab7576_en?filename=COM_2022_230_1_EN_ACT_part1_v5.pdf
●欧州議会プレスリリース、” Taxonomy: MEPs do not object to inclusion of gas and nuclear activities”、2022年7月6日
https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20220701IPR34365/taxonomy-meps-do-not-object-to-inclusion-of-gas-and-nuclear-activities
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