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【米国】 米国における多様な原子力支援策
2022年12月15日
米国では、原子力は連邦議会や政府において、民主・共和両党の超党派的な支持を受けており、法律の制定などを通じて多様な原子力支援策が講じられている。例えば本年8月に成立したインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)は、エネルギー安全保障と気候変動対策に3,690億ドルの予算を投じるものであるが、この中には原子力発電に対する税制優遇措置も盛り込まれている。また、州レベルでも近年は複数の州で様々な原子力支援策が進められている。
本稿では、連邦レベルで実施されている原子力支援の取り組みについて、研究開発支援、税控除、債務保証、および早期閉鎖防止のための資金支援プログラムに区分して整理するとともに、我が国にとって参考となる取り組みや我が国への示唆について最後に考察する。
研究開発支援
原子力支援策の中心となるものとして、米国エネルギー省(DOE)を中心に実施されている研究開発支援を挙げることができる。研究開発支援のための予算は主として、毎年度連邦議会が制定する歳出法によって割り当てられる。表 1は、トランプ政権時の2020年12月に成立した2021会計年度[※1]歳出法、およびバイデン政権発足後、2022年3月に成立した2022会計年度歳出法におけるDOE原子力局の予算額をまとめたものである。
予算額において、研究開発資金が全体の半分以上を占めている。内容は、まだ実用化されていないプラントに関する技術開発への支援が中心とはなっているが、設備の更新やリスク情報を活用したシステム分析の導入などによって既存炉の安全性や経済性を向上させるための支援も行われている。
表 1 DOE原子力局の予算額(単位:千ドル)
研究開発を支援する法律は、歳出法にとどまらない。2021年11月に、野党である一部の共和党員の賛成も得て成立したインフラ投資雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act)では、二酸化炭素回収・貯留技術を備えた火力発電、再生可能エネルギー、および原子力によるクリーン水素の製造や利用を支援するためのプログラムが導入された。そのうち、クリーン水素の製造者や需要家、および両者を連結するためのインフラで構成される「地域クリーン水素ハブ」の設立には2022~2026年の期間で80億ドルが投じられることとなっている。「地域クリーン水素ハブ」は最低でも全米4カ所に設置することになっており、また水素製造に用いるエネルギー源として化石燃料、再生可能エネルギー、原子力のそれぞれを利用するハブを最低1カ所は設置することとしている。現在DOEは、ハブの立地選定のためのプロセスを進めており、今後原子力をエネルギー源とする「地域クリーン水素ハブ」の実現構想が具体化してくるものと思われる。
税控除
米国では様々な政策目的で税控除が行われており、エネルギー分野では企業や家庭を対象として、再生可能エネルギー発電設備のような政策目的にかなった技術の導入促進等を目的とした税控除が行われている。税控除には、対象となる企業や家庭の租税負担を軽減するという直接的な恩恵がある。また、本項で扱っている税控除以外の支援策では一般に、支援対象を競争的に選定するプロセスがあるが、税控除の場合は定められた要件を満たせば利用することができ、控除を受けられるか否かの予見性が高く、企業にとって使い勝手の良い支援策であるといえる。大別すると税控除には、売電により得られる収益といった売り上げを対象とした税控除と、発電設備の導入にかかるコストといった設備投資の一定割合に相当する額を税額から控除するものがある。
原子力発電分野における税控除に関してインフレ抑制法では、運転中のプラントを対象として、売電収入に対する税控除の導入が規定されている。具体的には、控除率は発電電力量1kWhあたり0.3セントとされているが、発電所の労働者や補修等に従事する下請け業者の労働者が一般的な水準を上回る賃金を得ているという要件が満足された場合、控除率は優遇され1kWhあたり1.5セントとなる。年間発電電力量80億kWh(100万kWのプラントを設備利用率約91%で運転すると想定した場合の発電量)のプラントを想定すると、0.3セントの控除率では最大2,400万ドル、1.5セントの場合は1.2億ドルの税負担が軽減されることとなる[※2]。
このほかインフレ抑制法には、技術を限定せずにクリーン水素製造や温室効果ガスを排出しない電源への投資を対象とした税控除も盛り込まれており、運転中のプラントのみならず、今後実用化される先進炉を含めたプラントも控除の恩恵を受けられる可能性がある。この税控除は、クリーン技術の開発や利用を促進する効果が期待される。
債務保証
巨額の設備投資が必要な原子力発電事業において、原子炉建設時の資金借り入れにおける金利負担は、事業者が新増設をためらう一因ともなっており、各国政府は事業リスクを適切に分散させ、事業者の負担を軽減させる制度を模索している。米国では、2005年制定のエネルギー政策法で、DOEによる事業者の債務に対する保証(連邦債務保証)が導入された。これは、資金借り入れを行った事業者が破綻した場合、借り入れの弁済を連邦政府が保証する制度であり、保証を受けている場合、有利な利率で借り入れを行うことができる。本制度により、ボーグル原子力発電所における2基のプラントの新設プロジェクトに対して2010年に83億3,000万ドルの保証が決定し、さらに建設が遅延していることを受け2019年には追加的に最大で37億ドルの保証が決定している。
また、インフレ抑制法では、DOEが原子力を含む技術に対して行う債務保証額を400億ドル拡大することが認められている。
早期閉鎖防止のための資金支援プログラム
インフラ投資雇用法では、経済的な困難によって運転中の原子力プラントが早期閉鎖され、それにより温室効果ガスの排出が増加することのないようにするために、発電事業者にクレジットを付与するプログラムが創設されている。ここでクレジットとは、連邦政府資金を要求する権利と位置づけられており、運転継続のための補助金の支給と同等の効果をもつ制度である。同法により、本プログラムのために2022年度から2026年度の5年間で60億ドルが確保されており、現在支援対象プラントの選定手続きが進められている。本年11月には、本プログラムによる支援対象の第一弾としてカリフォルニア州のディアブロキャニオン原子力発電所が選定されたことが公表されている。ディアブロキャニオン1号機は2024年、2号機は2025年に閉鎖される予定だったが、支援対象となったことで2030年まで運転を継続する予定である。
表 2に、連邦政府による原子力支援策を整理する。
表 2 米国連邦政府による原子力支援策の整理
まとめと我が国への示唆
以上、米国の連邦政府が実施している原子力に対する支援策を概観した。米国では、先進炉のみならず運転中のプラントも対象とした研究開発支援、事業者の財務状況改善に即効性のある税控除、大型炉を中心に新増設を阻害する大きな要因となっている建設資金確保時の負担を軽減する債務保証、経済的原因によるプラント早期閉鎖の防止策と、様々な目的や方法が活用されている状況が見て取られる。
我が国でも、カーボンニュートラルの実現やエネルギーの安定供給を見据え原子力発電の活用を図るにあたって、多様な政策を検討すべきと思われる。我が国企業等も、自ら先進炉や革新炉の開発を進めており、また他国における開発プロジェクトへの参画などを行っているという点で米国と同様の状況にあり、国も支援を進めているところである。今後はこうした開発などの取り組みがさらに前進していくと考えられるので、支援も一層活発化していくことが期待される。一方、現状では我が国は、原子力発電に対する理解促進やサプライチェーン、技術力の維持・向上といった点は困難な状況にあるうえ、持続的に原子力活用を行っていくためには、米国のように、原子力発電事業の予見性(ビジネスとして成り立つ見通し)を高めるための事業環境の整備が一層求められる。こうした課題に対しては、現時点でも国や事業者が対応を進めているところではあるが、今後も我が国固有の状況も踏まえつつ、諸外国の事例も参考にして官民あげての取り組みをさらに進めていく必要があると考えられる。
[※1]米国連邦政府の会計年度は10月から翌年9月までであり、2021会計年度は2020年10月1日から2021年9月30日までの1年間である。
[※2]なお、税控除対象となる施設の売電による総収入の大きさにより、税控除額は一定割合で縮小されることになっている。
【参考文献】
●“Inflation Reduction Act of 2022”(2022年8月16日)
https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/5376/text?r=3&s=2
●“Infrastructure Investment and Jobs Act”(2021年11月15日)
https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/3684/text
本稿では、連邦レベルで実施されている原子力支援の取り組みについて、研究開発支援、税控除、債務保証、および早期閉鎖防止のための資金支援プログラムに区分して整理するとともに、我が国にとって参考となる取り組みや我が国への示唆について最後に考察する。
研究開発支援
原子力支援策の中心となるものとして、米国エネルギー省(DOE)を中心に実施されている研究開発支援を挙げることができる。研究開発支援のための予算は主として、毎年度連邦議会が制定する歳出法によって割り当てられる。表 1は、トランプ政権時の2020年12月に成立した2021会計年度[※1]歳出法、およびバイデン政権発足後、2022年3月に成立した2022会計年度歳出法におけるDOE原子力局の予算額をまとめたものである。
予算額において、研究開発資金が全体の半分以上を占めている。内容は、まだ実用化されていないプラントに関する技術開発への支援が中心とはなっているが、設備の更新やリスク情報を活用したシステム分析の導入などによって既存炉の安全性や経済性を向上させるための支援も行われている。
表 1 DOE原子力局の予算額(単位:千ドル)
研究開発を支援する法律は、歳出法にとどまらない。2021年11月に、野党である一部の共和党員の賛成も得て成立したインフラ投資雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act)では、二酸化炭素回収・貯留技術を備えた火力発電、再生可能エネルギー、および原子力によるクリーン水素の製造や利用を支援するためのプログラムが導入された。そのうち、クリーン水素の製造者や需要家、および両者を連結するためのインフラで構成される「地域クリーン水素ハブ」の設立には2022~2026年の期間で80億ドルが投じられることとなっている。「地域クリーン水素ハブ」は最低でも全米4カ所に設置することになっており、また水素製造に用いるエネルギー源として化石燃料、再生可能エネルギー、原子力のそれぞれを利用するハブを最低1カ所は設置することとしている。現在DOEは、ハブの立地選定のためのプロセスを進めており、今後原子力をエネルギー源とする「地域クリーン水素ハブ」の実現構想が具体化してくるものと思われる。
税控除
米国では様々な政策目的で税控除が行われており、エネルギー分野では企業や家庭を対象として、再生可能エネルギー発電設備のような政策目的にかなった技術の導入促進等を目的とした税控除が行われている。税控除には、対象となる企業や家庭の租税負担を軽減するという直接的な恩恵がある。また、本項で扱っている税控除以外の支援策では一般に、支援対象を競争的に選定するプロセスがあるが、税控除の場合は定められた要件を満たせば利用することができ、控除を受けられるか否かの予見性が高く、企業にとって使い勝手の良い支援策であるといえる。大別すると税控除には、売電により得られる収益といった売り上げを対象とした税控除と、発電設備の導入にかかるコストといった設備投資の一定割合に相当する額を税額から控除するものがある。
原子力発電分野における税控除に関してインフレ抑制法では、運転中のプラントを対象として、売電収入に対する税控除の導入が規定されている。具体的には、控除率は発電電力量1kWhあたり0.3セントとされているが、発電所の労働者や補修等に従事する下請け業者の労働者が一般的な水準を上回る賃金を得ているという要件が満足された場合、控除率は優遇され1kWhあたり1.5セントとなる。年間発電電力量80億kWh(100万kWのプラントを設備利用率約91%で運転すると想定した場合の発電量)のプラントを想定すると、0.3セントの控除率では最大2,400万ドル、1.5セントの場合は1.2億ドルの税負担が軽減されることとなる[※2]。
このほかインフレ抑制法には、技術を限定せずにクリーン水素製造や温室効果ガスを排出しない電源への投資を対象とした税控除も盛り込まれており、運転中のプラントのみならず、今後実用化される先進炉を含めたプラントも控除の恩恵を受けられる可能性がある。この税控除は、クリーン技術の開発や利用を促進する効果が期待される。
債務保証
巨額の設備投資が必要な原子力発電事業において、原子炉建設時の資金借り入れにおける金利負担は、事業者が新増設をためらう一因ともなっており、各国政府は事業リスクを適切に分散させ、事業者の負担を軽減させる制度を模索している。米国では、2005年制定のエネルギー政策法で、DOEによる事業者の債務に対する保証(連邦債務保証)が導入された。これは、資金借り入れを行った事業者が破綻した場合、借り入れの弁済を連邦政府が保証する制度であり、保証を受けている場合、有利な利率で借り入れを行うことができる。本制度により、ボーグル原子力発電所における2基のプラントの新設プロジェクトに対して2010年に83億3,000万ドルの保証が決定し、さらに建設が遅延していることを受け2019年には追加的に最大で37億ドルの保証が決定している。
また、インフレ抑制法では、DOEが原子力を含む技術に対して行う債務保証額を400億ドル拡大することが認められている。
早期閉鎖防止のための資金支援プログラム
インフラ投資雇用法では、経済的な困難によって運転中の原子力プラントが早期閉鎖され、それにより温室効果ガスの排出が増加することのないようにするために、発電事業者にクレジットを付与するプログラムが創設されている。ここでクレジットとは、連邦政府資金を要求する権利と位置づけられており、運転継続のための補助金の支給と同等の効果をもつ制度である。同法により、本プログラムのために2022年度から2026年度の5年間で60億ドルが確保されており、現在支援対象プラントの選定手続きが進められている。本年11月には、本プログラムによる支援対象の第一弾としてカリフォルニア州のディアブロキャニオン原子力発電所が選定されたことが公表されている。ディアブロキャニオン1号機は2024年、2号機は2025年に閉鎖される予定だったが、支援対象となったことで2030年まで運転を継続する予定である。
表 2に、連邦政府による原子力支援策を整理する。
表 2 米国連邦政府による原子力支援策の整理
まとめと我が国への示唆
以上、米国の連邦政府が実施している原子力に対する支援策を概観した。米国では、先進炉のみならず運転中のプラントも対象とした研究開発支援、事業者の財務状況改善に即効性のある税控除、大型炉を中心に新増設を阻害する大きな要因となっている建設資金確保時の負担を軽減する債務保証、経済的原因によるプラント早期閉鎖の防止策と、様々な目的や方法が活用されている状況が見て取られる。
我が国でも、カーボンニュートラルの実現やエネルギーの安定供給を見据え原子力発電の活用を図るにあたって、多様な政策を検討すべきと思われる。我が国企業等も、自ら先進炉や革新炉の開発を進めており、また他国における開発プロジェクトへの参画などを行っているという点で米国と同様の状況にあり、国も支援を進めているところである。今後はこうした開発などの取り組みがさらに前進していくと考えられるので、支援も一層活発化していくことが期待される。一方、現状では我が国は、原子力発電に対する理解促進やサプライチェーン、技術力の維持・向上といった点は困難な状況にあるうえ、持続的に原子力活用を行っていくためには、米国のように、原子力発電事業の予見性(ビジネスとして成り立つ見通し)を高めるための事業環境の整備が一層求められる。こうした課題に対しては、現時点でも国や事業者が対応を進めているところではあるが、今後も我が国固有の状況も踏まえつつ、諸外国の事例も参考にして官民あげての取り組みをさらに進めていく必要があると考えられる。
[※1]米国連邦政府の会計年度は10月から翌年9月までであり、2021会計年度は2020年10月1日から2021年9月30日までの1年間である。
[※2]なお、税控除対象となる施設の売電による総収入の大きさにより、税控除額は一定割合で縮小されることになっている。
【参考文献】
●“Inflation Reduction Act of 2022”(2022年8月16日)
https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/5376/text?r=3&s=2
●“Infrastructure Investment and Jobs Act”(2021年11月15日)
https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/3684/text
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