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【ドイツ】 欧州脱原子力国の苦悩~ドイツの脱原子力後ろ倒し~

2022年12月21日

ドイツ脱原子力:ひと冬の延命へ
   2022年末に最後に残った3基を恒久停止し、脱原子力を完了するはずだったドイツだが、ウクライナ情勢やその他の要因が絡む電力・エネルギー状況のひっ迫により、土壇場で再考を迫られることとなった。連邦政府は10月19日に、脱原子力の完了時期を後ろ倒しする原子力法改正案を閣議決定した。ドイツでは10月に入ってもなお、原子力の扱いを巡る論争が続いていた。しかし電力需要ピークの冬場、また現行法での原子炉閉鎖期限となる年末を目の前に、これ以上議論を続けていては対策を取る時間がなくなる。最終的には10月17日のショルツ首相判断で今般の原子力法改正案の策定が指示され、その2日後に閣議決定、11月11日には改正案が連邦議会で可決されるという流れとなった。
   今回の原子力法改正が成立すれば、2022年末に運転終了予定だったエムスラント原子力発電所、ネッカー原子力発電所2号機、イザール原子力発電所2号機の3基(図 1)の閉鎖期限は、2023年4月15日まで延長される。ただし追加の燃料調達は認められず、今ある燃料で運転を引き延ばす。つまり閉鎖までの燃料購入費や、発生する放射性廃棄物の総量が、2022年末閉鎖予定であった時と比べて増えることはない。
   本稿では、ドイツが原子炉3基のひと冬延命を決断するに至るまでの背景と経緯、政府決断の意味と影響を考察する。


図 1 閉鎖期限の延長対象となった3基
出所)独連邦放射性廃棄物安全庁資料をもとにエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社作成

2022年ドイツにおける原子力方針の変転
   ドイツの現政権は、中道左派の社会民主党(SPD)、環境政党の緑の党、リベラル・経済重視の自由民主党(FDP)の3党による連立で、もとより政治的志向がかなり異なる取り合わせである。特に原子力に関しては、伝統的に緑の党が明確に反対、FDPは利用に積極的、3党の中の最大勢力であるSPDは、脱原子力政策の堅持を基本とする姿勢を取っていた。脱原子力後ろ倒しの方向性決定が10月後半までもつれ込んだのは、これら与党内での意見対立と、国内で最も電力事情が厳しい南部の州の要請が絡み、方針が揺れ動いたためである。
   2022年におけるドイツの原子力方針の見直しと、エネルギー情勢のおおまかな動きを図 2に示す。

図 2 ドイツにおける2022年の「脱原子力見直し」動向
出所)各種動向をもとにエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社作成

   2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻が、目下のエネルギー状況ひっ迫の最大の要因であることは間違いないが、ドイツが脱原子力の後ろ倒しを余儀なくされたのは、他にも複数の要素が重なったからである。
   図 2のとおり、ドイツでは2022年に入って2度にわたり「電力需給ストレステスト」が実施され、2022/2023年冬季(2022年秋から2023年春の間の電力需要ピーク期)をターゲットに、シビアな条件下でもドイツの電力需給が乗り切れるか検証が行われた。
   1回目のストレステストは3~5月にかけて行われた。2月にロシアがウクライナに侵攻すると、ロシア産ガスの供給減少、ガス価格高騰への警戒から、ドイツでも、保守派や、国内でも特に電力・エネルギー状況が厳しい南部バイエルン州などから、脱原子力先送り議論が提起された。とりわけバイエルン州からは、2021年末に閉鎖された原子炉の再稼働をも視野に入れるよう要望があった。そこで政府は送電事業者に対し、電力部門における天然ガス消費の節減ポテンシャルに重点を置いたストレステストの実施を指示した。その結果を受けて政府は、電力需要がゆるむ夏季に天然ガスの節約が可能であり、予定通り2022年末に脱原子力を完了しても、ドイツにおける冬季の電力供給確保は可能との判断を示した。
   しかし2022年の夏は猛暑で電力需要が増加し、夏場に天然ガス等の資源を節減する目論見は外れた。また河川水温の上昇、渇水による水位低下で、石炭の水上輸送が滞り多くの火力発電所で出力が低下した。さらにフランスでは、原子炉のトラブルや保全、保修による長期停止を含めて多くの原子炉が停止し、9月上旬には、その規模は運転中の全56基の半数を優に超える32基にのぼった。本当にドイツが原子力なしで乗り切れるのか、議論は再燃した。
   こうした状況下で行われたのが、7月~9月の第2回ストレステストである。ドイツ南部は自動車、化学など産業が立地する電力需要地である一方で、風力の多い北部と比べ、再生可能エネルギー(再エネ)資源に乏しい。南北方向の国内送電容量の拡張も追い付いていない。このため、送電線の混雑により北部の余剰電力が直接南部に送れず、一部が隣接国を経由して、フランス等から再びドイツに入る迂回潮流(ループフロー)が発生している。
   従来、ドイツ南部は原子力発電比率が高かったが、脱原子力により供給力は低下している。これまでドイツ政府は、自国は年間総量では電力輸出国であり、他国の原子力に依存していないとの立場をとってきた。しかしロシアのガスに頼れない中でフランスの原子力の可用性に黄色信号が灯るに及び、ドイツ南部においてフランスの原子力発電電力量の低下が及ぼす影響が大きいこと、つまりこの地域がフランスの原子力を頼みとしていることを、現実問題として正面から考慮せざるを得なくなった。
   第2回ストレステストでは、このような状況を踏まえて、電力需給のシビアケースとして深刻度を3段階(低位・中位・高位)に分けてシナリオを設定し、供給力不足、系統トラブルにより、電力供給が途絶・品質低下する時間帯が発生するリスクを分析した。
   分析の結果、中位及び高位シナリオでは国内において、電力供給力が不足する時間帯が発生する見通しが示された。ただし、中位シナリオで国内に残る3基の原子炉を今ある手持ちの燃料で冬季の間、運転を継続するオプションを適用した場合、供給不足はほぼ解消するとされている(図 3)。一方、系統安定については、原子炉3基の運転による貢献は限定的で、引き続き南側で、国外からの電力調達確保を拡大しバランスをとる必要があると分析されている。
   事業者らは、第2回ストレステストの結果として、電力供給力、系統安定に向けた複数の提言を示しているが、原子力については、3基の活用が電力の危機的状況への対処に貢献するとの見方を示した。


図 3 シナリオ別(原子炉延伸運転ケース含む)の電力供給不足発生予測
出所)独送電事業者(50hertz、Amprion、TenneT、TransnetBW)による「第2回電力需給ストレステスト」、2022年9月5日をもとにエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社作成

   ドイツ政府はこの第2回ストレステストの結果を受けて、9月5日に見解を発表、ここで初めて、2022年末の脱原子力完了のスケジュール変更に触れることとなった。ただし、そこで打ち出されたのは第2回ストレステストで送電事業者がシミュレーションした「3基運転継続」ではなく、「南部にある2基(ネッカー2号機とイザール2号機)を4月中旬まで予備として待機させる(リザーブ)」というもので、北部のエムスラントに関しては、予定通り2022年末で閉鎖とされた。政府は、ストレステストのシナリオのような状況は「非常に起こりにくい」としつつ、発生の可能性を完全には排除できないとして、緊急手段として原子力の利用を留保することにしたのである。
   通常ドイツで系統安定や電力需給の危機対応に備えるリザーブとして指定されるのは、小刻みな稼働・停止に対応可能なガス火力発電所で、加えて近年は電力需給ひっ迫時の備えとして、老朽石炭火力発電所も指定されている。これらの発電所は商業運転を終え停止しているが、解体せず稼働可能な状態が維持される。これらリザーブとしての発電所は、現役の発電所間での調整[※1](リディスパッチ)など、他の手段で系統安定や電力需給の危機的状況を回避できない緊急事態に限って稼働し、状況が緩和次第、運転を終了する。リザーブに指定された発電所には、待機料金に加えて、稼働した間の電力への対価が送電事業者から支払われる。しかし、イザール2号機を運転するプロイセンエレクトラ社が政府発表直後のプレスリリースで、「原子力発電所は技術設計上、オンオフを切り替えるリザーブとしての利用を想定しておらず、技術的・組織的実現可能性の確認が重要」との認識を示したことからもわかるように、原子力発電所をリザーブとして取り扱うのは、かなりの変化球である。またそもそも、電力需給状況が厳しくなる冬まっただ中の年末に、いずれも140万kW超級の原子炉を退役させて、電力危機用の待機に回すというのも、おかしな話である。
   「2基リザーブ」案は、脱原子力後ろ倒しはやむなしとしても、原子力利用の可能性をできるだけ小さく抑えたいとの脱原子力派の思惑が働いての苦肉の策であったと考えられる。しかし、上記のとおり不自然・非合理の感が拭えず、やはり各方面からの批判は大きかった。9月末に政府は議会に対し、原子炉は「コーヒーメーカーのように簡単に中身を取り替えて電源をオンオフできるものではない」とし、これを踏まえた原子力法の改正検討が行われること、つまり通常のリザーブとは異なる運用となることを示唆した。基本的には、対象とされた2基の投入の要否を年内、12月上旬までに決定し、必要と判断された炉については年末にいったん運転を止めることなく、4月15日まで運転を続ける方向で調整が図られたとされる。これはリザーブといいつつ、運転延長と実質変わらない運用といえるだろう。
   原子力の活用を巡る議論は、政府与党内でも割れたままで、緑の党は10月14日の党大会で、エムスラントを閉鎖すること、また燃料追加を行わないことを条件に、2基のリザーブを受け入れることを決定したが、FDPは3基とも運転を止めず、燃料も追加して、来年の冬季すなわち2024年春まで運転を継続するべきとの主張を続けていた。このままでは2022年末の全炉閉鎖を定める現行原子力法を改正する時間も、事業者が何らかの形での原子力続行に備える時間も本当になくなる。とうとうショルツ首相が10月17日に鶴の一声を発し、本稿冒頭に示した通り、「手持ちの燃料で3基の閉鎖期限を2023年4月15日まで延長」する法改正が行われる流れとなった。結局、9月の第2回ストレステストで送電事業者が提示したバージョンで落ち着いたわけである。

まとめと我が国への示唆
   欧州内の脱原子力国では、ベルギーも2022年3月に、脱原子力の期限を2025年から2035年に、10年後ろ倒しする発表を行った。ドイツと異なり、追加の燃料も調達して一定期間、商業運転を継続させる方針である。ベルギーでは発電量の約半分を原子力が占めるが、脱原子力に向けた代替電源(再エネや天然ガス)の確保が進んでいなかった。そこにウクライナ情勢などが加わり、政府は「地政学的激動の時代に、化石燃料からの独立性を強化するため」として、2基の運転延長を発表した。ただし、これまで閉鎖に向けた準備を進めてきた原子力事業者は、運転継続に向けた投資を予定していなかったことから難色を示している。事業者は、政府の方針転換は「予見不可能かつ影響規模が大きく、私企業が負う通常の経営リスクの範疇を超えている」とコメントした。政府と事業者は、運転延長の条件で交渉を続けているが、今なお難航している。ひとたび政策的に「脱」が決定し、プロセスが進んでしまうと、方針転換は決して容易ではないのである。
   2022年10月末の時点で、欧州では比較的気温が高く、液化天然ガス(LNG)調達を急いだ結果、今冬当面の必要量の確保のめどがつき、ガス価格等は小康状態となっている。しかし、危機が去ったわけではない。上述のとおり、ドイツではギリギリのタイミングで脱原子力のひと冬後ろ倒しを決定した。しかしこの冬を乗り切っても、また次の冬が来る。フランスの原子力も2023年には持ち直すかもしれないが、自国が脱原子力をしておきながら、おおっぴらにフランスの原子力頼みというわけにもいかないであろう。しかしながら1年でエネルギー状況が劇的に改善する魔法の方策があるわけではなく、綱渡りは続く。
   送電網が国境を越えて連系する大陸欧州では、電力の確保や系統の安定に、他国との電力輸出入が役割を果たしている。しかしこの2022年の動乱の中で明らかになったのは、そうした中でもやはり国単位として、一定の安定電源に支えられたエネルギー自立が必要だということである。危機時には「持てる国」も、自国への供給で手一杯となるからだ。
   ドイツやベルギーの脱原子力は、他の国々に先駆けての再エネ化に向けたステップのひとつであった。再エネは、低炭素で環境負荷が少なく、できるだけ身近で手に入るエネルギーを可能にする手段の一つである。しかしいつしか、再エネ化それ自体が、目的と化していた嫌いがある。再エネは利用可能なエネルギー技術として、当然現在においても将来においても重要である。再エネには太陽光、風力、地熱などさまざまなバラエティがある。だが、「誰もが必要な量を、合理的な価格で入手できる」というエネルギーのもう一つの必須ポイントを、再エネだけの組み合わせでクリアできるほど、システム全体として成熟していない。その段階で足早に他の電源を切り捨てる決定をしてしまうと、電力の安定供給において採りうる手段が狭まってしまう。
   世界規模でエネルギー危機が拡がり、緊急対応に追われる今だからこそ、改めてエネルギー政策の原則が問われる。我が国のエネルギー政策の大原則は、「S+3E(安全+安定供給、経済性、環境)」である。我が国は島国であり、もとより自国内のみで、電力供給を完結させなければならない。また資源が乏しい我が国は、エネルギー資源をロシア含む他国からの輸入に拠っており、この部分でもより、自立性を高められる手段を確保しておく必要がある。
   日本政府は、再エネを進めて行くと共に、電力需給ひっ迫やエネルギー安全保障への対応の一環として、原子炉の再稼働を進めて行く方針である。これは原子力規制当局の設置変更許可を得た炉を順次稼働していくもので、安全性を先頭に置く「S+3E」の原則にそって進められる。
   危機的な状況への対応も含め、エネルギー戦略においては、さまざまな手段の組み合わせが重要となる。どの手段を優先するかについては、技術的問題以外にも、その時の世論、政治的状況が少なからず影響してくるであろう。しかし原子力を含め、どの電源を利用していくにしても、採ろうとしている戦略が、エネルギー政策の基本原則に照らして不自然でないか、将来の自分たち、あるいは将来世代が採りうる手段を、不合理に狭めるものとなっていないか、慎重に確認する必要があるのではないだろうか。

[※1]主なものとして、電力市場での約定後に送電事業者が、系統安定等のため、系統混雑が発生する川上側で、本来電力を供給するはずだった発電所に対して電力供給の減少を指示する一方で、川下側で別の発電所に供給増加を指示する「リディスパッチ(再給電指令)」が挙げられる。ドイツでは風力発電が多い北部で系統混雑が発生する一方で、再エネが少ない南部への送電系統が不足しており、北部で出力を下げ、南部で出力を追加するリディスパッチが頻繁に実施されている。


【参考文献】
●独連邦環境自然保護原子力安全消費者保護省(BMUV)、2022年10月19日、” Kabinett beschließt Novelle des Atomgesetzes”
https://www.bmuv.de/pressemitteilung/kabinett-beschliesst-novelle-des-atomgesetzes
●独連邦経済気候保護省(BMWK)、2022年9月5日、“Stresstest zum Stromsystem: BMWK stärkt Vorsorge zur Sicherung der Stromnetz-Stabilität im Winter 22/23”
https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Pressemitteilungen/2022/09/20220905-stresstest-zum-stromsystem.html
●独送電事業者(50hertz、Amprion、TenneT、TransnetBW)による「第2回電力需給ストレステスト」、2022年9月5日、“Sonderanalysen Winter 2022/2023 Ergebnisse & Empfehlungen”
https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Pressemitteilungen/2022/09/20220905-stresstest-zum-stromsystem.html
●プロイセンエレクトラ社イザール2ウェブサイト、2022年9月5日
https://www.preussenelektra.de/de/unsere-kraftwerke/kraftwerkisar.html
●ベルギー首相府、2022年3月18日、“Verlenging levensduur kerncentrales Doel 4 en Tihange 3“
https://www.premier.be/nl/verlenging-levensduur-kerncentrales-doel-4-en-tihange-3

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