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【フランス】原子力発電拡大に向けた電力建て直しの取り組み

2023年7月10日

 はじめに

   フランスの主力電源は原子力発電である。同国の発電電力量に占める原子力の割合は1980年代後半以降、7割超で推移してきた。しかし、2012年に発足したオランド前政権は、前年に発生した福島第一原子力発電所事故の影響もあり、電源構成の多様化を掲げ、原子力発電への依存度を下げる政策を打ち出した。この政策では、再生可能エネルギー(再エネ)を拡大する一方で、原子力発電の規模を現状維持にとどめる方針が示された。2017年に発足したマクロン政権も、当初は前政権の政策を踏襲し、原子力発電への依存度を2035年までに5割へと低減させる方針を示した。しかしその後、エネルギーの低炭素化と安定供給、経済性の両立への意識から、原子力発電の拡大抑制を見直す動きが強まった。マクロン大統領は2022年2月10日の演説で、原子力発電と再エネをフランスのエネルギーの両輪として、共に拡大していくことを宣言した。この演説で同大統領は、「今われわれが築き上げるべきは、(中略)フランス原子力発電の再興(ルネサンス)である」と、強い言葉を用いて方針の転換を鮮明に印象づけた。
   しかし、この方針転換の実現に向けては、さまざまな課題がある。多額の負債を抱え、経営難の状態にあるフランス電力(EDF)の建て直しは、その中でも最重要課題の一つだ。EDFはフランス最大の電気事業者かつ、唯一の原子力発電事業者であり、国内に56基ある原子力発電所のすべてを所有・運転する。また、原子炉や核燃料を製造するフラマトム社も傘下に収めている。フランスで原子力発電を再び拡大していくためには、同国原子力産業の要であるEDFの安定が不可欠である。本稿では、2022年夏から進められているEDF完全国有化の動きなど、フランス政府による原子力体制強化の動向に加え、電気事業者であるEDFによる取り組みについて整理する。

EDFの現状と課題
<EDFの現状>
   EDFはフランス最大の電気事業者であり、発電、送配電[*1] 、電力卸売、小売を一貫して提供している。特に発電部門では、国内全ての原子力発電所を所有・運転しており、国内における同社の発電電力量の85%を占める [*2]。原子力メーカーのフラマトム社もEDFの傘下であり、原子力関連事業はEDFの事業の主たる柱である。このほか小売部門の国内シェアは、家庭向け(低圧)の約7割、それ以外の産業顧客向けの約5割を占めている [*3]
   しかし、同社は国内で建設中のフラマンヴィル3号機の建設コスト増大、2010年代の半ばまでの電力市場価格の下落のほか、さまざまな要因から業績が悪化し、大きな負債を抱えている。2021年末時点での負債総額は約430億ユーロであった。2022年にはさらに収益状況が悪化し、負債も約650億ユーロにまで膨らんだ。2022年の収益悪化の主な原因としては、以下の2点が挙げられる。
●原子力発電電力量の減少:10年に一度の定期安全レビューとこれに合わせた設備改修などで、複数の炉で比較的長期の停止が予定されていたことに加え、配管腐食への対応や予防保全、その他トラブルに伴う停止が発生した。2022年8月には全体の半数を超える30基以上の炉が停止状態となった。加えて、特に河川沿いの原子炉では、熱波に伴う河川の水温上昇で取水・排水に制限がかかり、出力を低下させて運転を行った。これにより、2022年のフランス国内の原子力発電量は前年比23%減となった。
●政府による電力価格高騰対策の影響:フランスは、新電力の参入支援の一環として、EDFに対し、原子力発電由来の電力の一部を切り出して、申請を行った新電力に公定価格で販売することを義務付ける制度(ARENH)[*4] を2010年に導入している。公定価格は、EDFが既存炉の維持に必要な費用を考慮し、42ユーロ/MWhに設定されており、この制度により新電力は、電力市場価格の上昇時も原子力による電力を市場価格より安価に調達できる。2022年には上掲の原子力発電の減少に加えてウクライナ問題もあり、フランスの電力卸売市場価格は2月から3月の期間中、MWhあたりおおむね100ユーロから300ユーロの間で推移し、最高で500ユーロ近くまで上昇した。そのような中、電力価格高騰対策の一環として政府は2022年3月、同年のARENH割当量を当初の100TWhから120TWhへと拡大する政令を出した。拡大分の20TWhの公定価格は46.2ユーロ/MWhと、拡大前の100 TWh分より少しだけ高く設定された。しかしこの20TWhは本来、EDFが市場価格で販売できたはずの電力であり、これを公定価格で販売せざるを得なくなったことで、2022年の業績予測に対し、利益を80億ユーロ以上押し下げられたとしている。

<原子力強化に向けたEDFの課題>
   政府は2050年までに、最大で14基の欧州加圧水型炉(EPR)を新規建設する方針を示している。このうち6基の建設は決定済みで、さらに8基の追加を検討する。EDFはこうした大規模な建設計画に対処していくことになる。また、既存炉にも安全な運転の維持や長期運転のため、多額の投資が必要となる。フランスでは、原子炉の建設時期が1980年代に集中しており、一般に運転開始から40年を超える炉を長期運転とすることが多いが、図1に示すとおり、フランスではすでに40年超運転に入っている原子炉と、36年から40年の運転炉の合計が40基にのぼる。政府は14基の原子炉を2035年までに閉鎖するという従来の方針[*5] を撤回し、安全性が確保される限り、長期運転を実施していく方針に転換した。EDFは今後ますます多数の既存炉で、長期運転に向けた改修を戦略的・計画的に進めていく必要がある。原子炉の新規建設と既存炉の改修の両方に、資金、人材、技術・技能などの必要なリソースを確保することは、とりわけ財務状況が芳しくない中、EDFにとって非常に大きな課題である。


図 1 フランスにおける運転中のプラントおよび送電開始からの経過年数
出所:IAEA-PRIS等に基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社にて作成

フランス政府による対応
   このような現状に対して、フランス政府は2022年に原子力再興を宣言して以降、さまざまな対策を打ち出している。特にEDFの完全国有化と、原子炉新規建設加速に向けた法整備は、原子力事業を体制面と行政手続きの面からそれぞれ支援するものとして注目される。
<EDFの完全国有化>
   フランス政府はこれまでもEDFの最大株主であり、2022年夏時点で84%を保有していた。しかし2022年7月、ボルヌ首相は議会での所信表明演説において、残る16%株式を政府が取得し、EDFを完全に国有化する方針を示した。ボルヌ首相は地球温暖化対策が喫緊の課題であること、またウクライナにおける戦争の影響を挙げ、フランスはエネルギーの主権を確保しなければならず、発電を完全にコントロールできるようにしなければならないと述べた。
   政府によるEDFの全株式の取得は2023年6月8日付で完了した。買い取り価格はEDFの株式がひと株あたり12ユーロ、転換社債がひと口15.64ユーロで、総額約97億ユーロであった。
   政府によるEDF株式の取得と並行して、議会では2022年12月に、完全国有化後のEDFの企業形態等を定める議員法案が提出され、2023年6月15日現在、審議が進められている。国有化後の企業形態については、政府以外への資本譲渡が認められない事業体とするか、国家的利益を事業目的としつつも政府以外への資本譲渡も可能な公開有限会社とするかなど、上院と下院で意見が分かれている。しかしEDFをいったん完全国有化することには超党派的な支持が得られており、法案では2024年1月1日までに、完全国有化下での新たな体制を発足させることが目標とされている。
   ロシアによるウクライナ侵攻が長引く中、フランス政府は、国の電力供給の根幹を担うEDFを政府の管理下に置くことで、電気料金の抑制対策と、原子力・再エネ拡大計画という課題に国家主導で対処する姿勢を示している。

<原子炉新規建設の加速化に向けた法整備>
   フランスの原子炉新規建設における課題のひとつとして、許認可をはじめとする行政手続きに時間がかかることが挙げられていた。その対応として、既存の原子力発電所の敷地内やその周辺で原子炉等を新規建設する場合の関連手続きを合理化することを目的とした法案の審議が進められた。2023年5月16日までに上下両院が最終案を採択しており、最終段階となる両院憲法審議会での確認を経て、近日中にも成立する見込みである。この法律は20年間の時限立法で、既存のさまざまな法令条項を改正することで、行政手続きの迅速化を図る。政府によると、同法が成立すれば新規建設プロジェクトの所要期間が数年間短縮できる見通しである。なお、同法の主目的は新規建設の加速化だが、既存炉を対象とする対策も含まれる。
   同法における新規建設炉、既存炉に関する主な対策の例を、表1に示す。
表 1 原子炉新規建設加速化法における新規建設に関する手続き合理化および既存炉に関する対策の例

出所:原子炉新規建設加速化法案に基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社にて作成

   上記のほか、この法律により、2035年までにフランスの発電電力量に占める原子力の比率を50%まで低減させることを規定するエネルギー法典の条文が削除される。また、政府が議会に提出した当初の法案では、新規建設加速化の対象を、大型炉であるEPRに限定していたが、議会による法案修正で小型モジュール炉(SMR)や、原子力発電の電力を用いる水素電解槽の設置も対象に追加された。

EDFの取り組み
   EDFの建て直しに政府の支援は不可欠だが、EDF自身も原子力事業の継続と拡大に向けて、資金確保や人材、技術・技能といった資金以外のリソース確保の取り組みを進めている。
<資金確保の取り組み>
   EDFは政府からの資金注入、支援を受けているが、加えて原子力事業への資金調達にグリーンファイナンスの枠組みを適用するオプションを欧州連合(EU)の中でもいち早く採り入れている。
   EUでは、グリーンファイナンスの共通規律として、EUタクソノミーと呼ばれる枠組みが構築されており、この枠組みで「持続可能な経済活動」にリストアップされた活動に対してのみ、「持続可能性」や「グリーン」を掲げる投融資が可能である。さまざまな条件はつくものの、原子力も2022年7月にタクソノミー入りが確定し、再エネだけでなく、原子力もグリーンファイナンスの枠組みでの債券発行(例:グリーンボンド)や融資(例:グリーンローン)といった資金調達が可能になった。
   EDFは、2022年7月に、これまで再エネ事業の資金調達を主としていた自社のグリーンファイナンスの枠組みを改訂し、新たに原子力事業を対象に加えた。EDFは今後、原子力事業の資金調達を目的とするグリーンボンドを発行する予定である。2022年11月には、国内の銀行と、原子炉長期運転に向けた改修費用として、10億ユーロのグリーンローン契約を締結した。EDFの発表によれば、全額を原子力用途とするグリーンローンは世界初である。

<人材、技術・技能確保の取り組み>
   原子炉の運転継続や新規建設には、資金以外にも、人材、技術・技能等のリソースの確保と質の向上が不可欠である。しかしフランスでは、1990年代以降しばらく原子炉新設が途絶えていたことなどもあり、フラマンヴィル3号機の建設において、原子炉容器の鋼材や配管溶接で品質問題が発生し大幅な遅延の原因となった。こうした状況を受け、EDFは2020年からEDFだけでなくフランスの原子力産業全体の品質向上、人材の確保と能力向上に向けた「エクセルプラン」を実施している。サプライヤーの品質管理強化に加え、技能向上トレーニングや原子力専門職大学を設置するなど、人材の確保と育成にも力を入れており、2030年までに原子力産業の従事者を倍増させることを目指している。

さいごに
   EDFの建て直しに向けた政府やEDFの取り組みは緒に就いたばかりであり、取り組みの効果については今後も注目である。フランスのような原子力大国でも、原子炉の新規建設がしばらく停滞した後の「原子力再興」には、EDFを完全国有化し、国家主導のもとで原子力サプライチェーンの裾野を広げるための業界全体のテコ入れが必要となっている。
   ウクライナ問題が長期化し、世界的に厳しいエネルギー情勢が続く中で、わが国も、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体の変革を図る「グリーントランスフォーメーション(GX)」に着手している。2023年2月には、「GX実現に向けた基本方針」が閣議決定され、原子力の活用方針が示された。同方針にのっとって、安全を最優先に原子力発電所の再稼働を進め、次世代革新炉を開発、建設し、円滑に運営を行っていくには、財政、人材、技術・技能等の必要なリソースを確保するため、原子力産業界全体と事業者の不断の努力、そして国が前面に立った取り組みの双方が不可欠である。

[*1]法的分離しているが、資本関係は維持。
[*2]いずれも2022年時点。なお、EDFがフランス国内で発電する電力の85%超が原子力であり大部分を占めるが、このほか水力と再エネ(10%)、天然ガス等火力(4%)による発電も行っている。
[*3]国内消費電力量に占める比率。
[*4]仏語名称は"Acces regule a l'electricite nucleaire historique"。日本語訳としては「既存原子力電力への規制アクセス」となる。
[*5]フランスの原子力安全規制、法規定上、発電所の認可や運転期間を制限する規定はない。しかし、原子力発電を抑制する政策のもと、中長期エネルギー政策の一環として、これらの14基については安全性能の状況にかかわらず2035年までに閉鎖されることになっていた。

【参考文献】
●フランス電力(EDF)、”Resultats annueles 2022”(2023年3月)
https://www.edf.fr/sites/groupe/files/2023-03/resultats-annuels-2022-presentation-2023-03-10.pdf
●フランス大統領府、” Reprendre en main notre destin energetique !”(2022年2月11日)
https://www.elysee.fr/front/pdf/elysee-module-19285-fr.pdf
●フランス政府、”Discours de Mme Elisabeth BORNE, Premiere ministre Declaration de politique generale Assemblee nationale Mercredi 6 juillet 2022”(2022年7月6日)
https://www.gouvernement.fr/upload/media/content/0001/03 /a2775c2ba225fe23f2220389f2c8b
732481aeaec.pdf

●フランス会計検査院、” L’ORGANISATION DES MARCHES DE L’ELECTRICITE”(2022年7月)
https://www.ccomptes.fr/system/files/2022-07/20220705-rapport-organisation-marches-electricite_0.pdf
●フランス政府、”Proposition de loi visant a proteger le groupe Electricite de France d’un demembrement”(2023年4月7日)
https://www.vie-publique.fr/loi/288132-proposition-de-loi-nationalisation-du-groupe-electricite-de-france
●フランス政府、”Projet de loi relatif a l’acceleration des procedures liees a la construction de nouvelles installations nucleaires a proximite de sites nucleaires existants et au fonctionnement des installations existantes”(2023年5月4日)
https://www.vie-publique.fr/loi/286979-relance-du-nucleaire-projet-de-loi-construction-nouveaux-reacteurs
●EDF、”Green Bonds” (2022年7月)
https://www.edf.fr/en/the-edf-group/dedicated-sections/investors-shareholders/bonds/green-bonds
●EDF、”Excell, le plan d’excellence de la filiere nucleaire”(2023年4月)
https://www.edf.fr/groupe-edf/produire-une-energie-respectueuse-du-climat/lenergie-nucleaire/nous-preparons-le-nucleaire-de-demain/plan-excell

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