1. エネルギー政策動向

90年代以降、エネルギー消費はほぼ横這い

ドイツは第二次大戦後の冷戦によって東西に分断されていたが、1990年に社会主義国家東ドイツの崩壊によって再統一された。統一後は旧東ドイツ地域の経済が落ち込み、非効率な火力発電設備の更新や閉鎖が行われた。そのため、ドイツのエネルギー消費量は、1990年代以降、漸減あるいは横這い状態が続いている。2017年の一次エネルギー消費量は前年比0.9%増加の13,550PJ(ペタジュール)となる見通しである。増加の要因は年率2.2%の高い経済成長率、製造業における生産量の向上、人口増加等とされている。

再生可能エネルギーが発電シェアを拡大

供給面では、ドイツはもともと褐炭と石炭を豊富に産出する国で、これらの資源は歴史的にドイツ工業の発展に大きく寄与してきた。1960年代以降、石炭は安い輸入石油に押されて主役の座を追われたが、政府は1973年の石油危機を契機に石炭への再転換策を打ち出し、石炭産業を保護してきた。1996年までは電力会社に国内炭の引き取り義務が課され、制度廃止以降も補助金の形で保護策が継続されてきた。しかし、この補助金は2018年末に廃止予定であり、これにともなってドイツ国内最後の石炭鉱も閉鎖される。

総発電電力量に占める石炭・褐炭の割合は37%(2017年末時点、速報値)と未だに高いが、再エネに追い抜かれるのも時間の問題とみられている。2017年の総発電電力量に占める再エネの割合は、前年比4ポイント増加の33%(同)となった。

脱原子力へ

石油危機を契機に注目されたもう一つのエネルギーが原子力である。1975年にドイツ初の原子力発電所が商業運転を開始したのを皮切りに、原子力の開発を進め、17基の原子力発電所(計2,049万kW)が建設された。

その後、1986年のチェルノブイリ事故を契機に原子力発電への反対運動が活発化した。1998年に成立した社会民主党(SPD)と緑の党による連立政権は脱原子力政策を打ち出し、2002年には原子力法が改正され、原子力発電所は32年間の運転後順次、閉鎖されることになった。

2009年に成立した原子力推進派キリスト教民主社会同盟(CDU・CSU)と自由民主党(FDP)によるメルケル政権は、2010年10月、脱原子力政策を一部見直す原子力法の改正を実施し、32年とされていた原子力発電所の運転期間を平均12年延長した。

しかし、2011年3月に発生した福島第一原子力発電所事故を受け、メルケル政権は脱原子力に転じた。2011年7月には、最も古い7基(故障で停止中を含めると8基)を閉鎖するとともに、運転中の9基も2022 年までに段階的に閉鎖することを決めた。

再エネの開発推進

原子力に代わって、政府が開発を推進してきたのが再生可能エネルギー(再エネ)である。特に電源として、政府は再エネとコージェネレーション(電気と熱を同時に生産)の開発に熱心で、政府は1991年の「電力買取法」、2000年の「再エネ開発促進法」(EEG)により、「固定価格買取制度」(FIT)を導入し、電力会社に対してこれらの電源からの発電電力を高い価格で買い取ることを義務付けた。

このような奨励策が奏功し、ドイツでの再エネ、特に風力、太陽光発電の開発は目覚しく、2016年には陸上風力、太陽光ともに4,000万kWを超え世界的規模を誇るまでになっている。
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