4. 原子力開発動向

1980年代に脱原子力へ

原子力はスウェーデンで水力と並ぶ主力電源である。スウェーデンでは、1972年に国内最初の商業用原子炉が運転を開始し、石油危機以降、原子力が石油代替エネルギーの主翼を担ってきた。しかし、1979年の米国スリーマイル島原子力発電所における事故発生と、翌1980年に実施された国民投票の結果を受けて、スウェーデンは脱原子力政策に舵を切った。政府は当時、運転中・建設中の原子炉を除いて新たな原子炉の建設は行わないこと、また、2010年までにすべての原子炉を閉鎖することを決定した。

ただし、この脱原子力の決定は、雇用と社会的利益が損なわれないこと、石油と天然ガスの使用量が増加しないことなどを条件としていた。そのため、その後、代替電源の開発が進まなかったこと、また、産業界や労働組合の反発もあって、実際には原子炉の閉鎖は進展しなかった。

1990年代後半になると、与党に復帰した社民党(少数単独政権)が原子力反対政党と政策協力を行ったことから、原子炉の閉鎖の実現に向けた動きが再び活発化した。1997年に成立したエネルギー政策法では、従来、2010年とされていた原子炉閉鎖期限は明記されなかったものの、具体的に2基の原子炉を閉鎖する方針が決定された。閉鎖されることになったのは、海を挟んだ隣国デンマークの首都・コペンハーゲンのちょうど対岸に位置していた、バーセベック発電所1号機と2号機(それぞれ出力60万kW・BWR)である。この決定に基づき、1号機は1999年11月、2号機は2005年5月に閉鎖された。

2010年に脱原子力を見直し

しかし、2000年代半ばに原子力に関する政策は再び大きな転機を迎える。2006年に政権に就いた中道右派連立政権は、共通政策綱領の中で、新たな原子炉の建設、既存の原子炉の閉鎖いずれも、2010年まで凍結する方針を示した。さらに、2010年には、政府は脱原子力政策を見直し、現在運転中の原子炉の建替えに限って、原子炉の新規建設を認める法案を議会に提出した。同年6月、この法案はスウェーデン議会において僅差で可決されるに至った。同法によって、現在スウェーデンで運転されている10基の原子炉が今後、寿命を迎えて閉鎖される際には、新たな原子炉への建替えが、法的には可能になった。

政権交代後も原子炉の建替えは容認

しかし、2014年9月の総選挙で、社民党を中心とする中道左派連立政権が成立し、10月に将来的に原子力を全廃する方針を発表した。もっとも、連立政権の議席数は過半数に達しておらず政権基盤が不安定であることもあって、上述の2010年に成立した法律を覆すような動きにつながることはなかった。他方で新政権は2015年3月、与野党の議員から成る「エネルギー委員会」を立ち上げ、原子力を含めた国内エネルギー供給の在り方について、2050年頃を見据えた長期的な視点での議論・検討を行った。その後、同委員会の検討結果を受けて、2016年、前述のエネルギー政策に関する政党間枠組合意が成立している。その中で、2010年の脱原子力見直しに関する法律の有効性が確認され、引き続き、既存発電所の建替えに伴う原子炉建設を認めるなどの方針が示されている。

使用済燃料の最終処分場サイトを決定

スウェーデンでは、原子力発電所から発生する使用済燃料(高レベル放射性廃棄物)の最終処分場建設に向けた手続きも、他の先進諸国と比較して順調に進んでいる。2009年6月には、最終処分場の建設サイトの決定が発表された。選定されたのは、エストハンマル自治体のフォルスマルク(首都ストックホルムから北へ約150km、フォルスマルク原子力発電所に隣接)である。2020年代半ばの操業開始が目指されている。
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