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【英国】「民生用原子力:2050年へのロードマップ」発表~英国のエネルギー政策と原子力~

2024年3月29日

● 英国は2000年代から一貫して「再生可能エネルギー(再エネ)+原子力」を推進し、これら低炭素電源に対する投資のインセンティブ向上を意図した仕組みを世界に先駆けて構築、試行と見直しを行ってきた。
● 従来、英国政府は原子力開発の時期や規模は事業者の経営判断に委ねてきたが、ロシアのウクライナ侵攻前後のエネルギー価格高騰や安全保障問題を受け、2024年1月の「民生用原子力:2050年へのロードマップ」では今後15年について5年ごとの設備容量拡大目標を提示するなど、産業界や市場に対し、より明確な方向性を示す姿勢に変化。
● 現在の戦略では、長期的には再エネと原子力、水素でネットゼロとエネルギー安全保障を確保していくとしつつ、短期的には国産天然ガス開発も支援しながら、天然ガス事業の余剰利益を市民の光熱費補助に充当するなど、利用可能な手段をフル活用する方針。

はじめに:英国の電力構成とエネルギー政策
   英国は風況に恵まれる島国という利点を活かして洋上風力発電の拡大を進めており、再エネ発電(水力含む)が発電電力量に占める比率は、2021年時点で4割を超えている。図 1に示すとおり、2012年の英国では、発電電力量の約4割が石炭火力によるもので、天然ガス火力などと併せた化石燃料比率は約7割であった。英国では過去10年で、省エネルギー政策などにより電力需要が抑えられ発電電力量自体が低下したこと、また再エネの拡大および温室効果ガス(GHG)排出量の多い老朽石炭火力発電所の閉鎖により、電力の脱炭素化が着実に前進した。ただし、これは脱炭素化の「途中経過」に過ぎず、図 1に示すとおり、2021年時点で英国ではまだ、天然ガス火力の比率が4割と大きい 。
   英国は北海で石油や天然ガスを産出するが、産出量は減少傾向であり、2004年に化石燃料の純輸入国に転じた。また、2020年代以降、石炭火力発電所や古い原子力発電所の閉鎖が続くことが見込まれたため、英国政府は2000年代後半から脱炭素化とエネルギー自給率の維持を念頭に、再エネと原子力の拡大による低炭素エネルギーシステムの構築を目指してきた。福島第一原子力発電所事故を経て、世界的に原子力発電の事業環境・投資環境が厳しくなった2010年代においても、英国では「再エネ+原子力」を推進する政府の姿勢は変わらなかった。しかし原子力発電所の新設プロジェクトには、政策・投資環境の整備も含めて時間がかかることから、現時点の英国は、古い原子炉の廃炉(2021年閉鎖のダンジネスB原子力発電所2号機など)により、10年前と比べて、原子力発電による電力量が減少する状態になっている。結果として現状、天然ガス火力の発電電力量の削減には至っていない。
 
図 1 英国の発電電力量構成の変遷(2012年→2021年)
出所:国際エネルギー機関(IEA)World Energy Balances 2023に基づきエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社にて作成

   英国は2019年の気候変動法改正で、2050年ネットゼロ(GHG排出量実質ゼロ)を法律上の目標として盛り込んだ。その後、多くの国・地域がこれに続いたが、英国はその先駆けである。2020年代に入ると、英国もほかの多くの国と同様、脱炭素化の促進に加えて、エネルギー価格の高騰、安全保障の問題に向き合うこととなった。
   2021年、英国を含む欧州地域では、新型コロナウイルス流行後の経済活動回復によりエネルギー需要が増加する一方で、各地で水不足や風況不良などにより、再エネ発電の稼働が低下した。さらに、2014年にロシアがクリミア半島を占領して以来続いてきた欧州との緊張関係は、2021年時点でかなり高まっており、ロシアから欧州への天然ガス輸出量が当初想定より少なくなる状態となっていた。こうした要因が重なり、2021年後半には英国を含む欧州全体で電力・ガス価格が急騰した。2022年にロシアがウクライナに侵攻すると、エネルギー価格の安定と安全保障に対する危機感は世界規模に拡大した。こうした背景のもと、原子力に対する認識にも変化が見られ、多くの国・地域において、「再エネ+原子力」が脱炭素化とエネルギー価格安定、エネルギー安全保障のバランスを取る上での現実解として、より真剣にとらえられるようになってきた。
   英国に視線を戻すと、同国政府が原子力を支持していること自体は、2000年代から一貫しており変わらない。ただし、かつては原則として、新設の是非や規模は事業者の経営判断によるとしていたものが、最近では政府として、長期を見据えた具体的な目標および行程を示すなど、2020年代のエネルギー危機を経て英国政府の姿勢には変化が見られる。2024年1月にエネルギー安全保障・ネットゼロ省(DESNZ)が公表した「民生用原子力:2050年へのロードマップ(2050年ロードマップ)」も、そうした動きの一つである。

2050年ロードマップ:「2050年までに原子力2,400万kW」への道すじ
   政府は2022年4月の「エネルギー安全保障戦略」において、2050年までに原子力発電の設備容量を最大2,400万kWまで拡大し、英国電力需要の25%を賄える規模とする方針を示していた。2024年1月に公表された「2050年ロードマップ」は、この目標達成への行程を示す文書である。同文書では2024年1月から1年内に政府が取り組む事項を宣言するとともに、2050年に向けた長期の取り組みを示している。以下にそれぞれの主な内容を示す。
<今後1年の取り組み事項>
● 先進原子力技術の市場参入の促進施策、および原子力施設の立地促進施策の立案に向け、公衆からの意見聴取を実施する。
● 政府が支援対象とする小型モジュール炉(SMR)の炉型を選定する。政府は選定された炉型のプロジェクトが、2029年までに最終投資決定 を行えるよう支援する。選定は大英原子力(Great British Nuclear:GBN。原子力推進の牽引役を担う政府機関)が行う。
● 現在の国会会期中(2024年内)にサイズウェルC原子力発電所の最終投資決定を行う。
● 建設中のヒンクリーポイントC原子力発電所の2基が2020年代後半に運転開始できるよう、進捗を監視する。

<長期に向けた取り組み事項>
● サイズウェルC原子力発電所に最終投資決定が出たのちに、後続の大型炉建設プロジェクトを検討し、現在の国会会期中(2024年内)に検討のスケジュールとプロセスを決める。
● 「2050年までに2,400万kW」の目標に向け、2030年から2044年までを5年ごとに(3つに)区切り、それぞれで300万kW~700万kWの原子炉を運転開始できるよう、投資決定を進める。
● 2024年内に行う上記の公衆意見聴取結果を反映し、先進原子力技術の市場参入支援に関する政策立案を進める。

   2024年3月時点において、英国ではヒンクリーポイントC原子力発電所の2基(欧州加圧水型炉:EPR)が建設中で、2027年以降の運転開始が見込まれている。続いて「2050年ロードマップ」にも2024年中の予定として示されているように、サイズウェルC原子力発電所の2基(EPR)が最終投資決定へと向かっている。英国にはほかにも大型炉の新設計画・提案があるが、一部は2010年代に事業環境、投資環境が整わず計画が頓挫し、他の計画も具体化の段階に至っていない。電力市場が完全自由化されている中で、大きな初期投資を要する原子炉新設は資金の確保や投資回収の見通し確保が難しく、原子力拡大の大きな障壁となってきており、英国政府は差金決済取引(CfD) や規制資産ベース(RAB)モデル など、原子力への投資のインセンティブ向上を意図した仕組みを構築し、試行しながら道を拓いてきた。「2050年ロードマップ」でも引き続き、こうした支援を強化継続していく意向が示されている。
   英国は欧州連合(EU)を離脱し、こうした独自の仕組みを展開しているが、近年、EUでもCfDに基づく原子力支援を認める方向で検討が進むなど、明らかに英国を先行例として参照したと考えられる動きが見られ、注目されている。

英国の特徴は、自国が利用し得る資源と手段をフルに活用し、ある程度の「制度の失敗」も許容しながら施策の見直しを続けるしたたかさ
   本稿冒頭で述べたとおり、英国が2000年代に原子力開発推進を打ち出した背景の一つに、古い原子力発電所の閉鎖によるリプレースの必要性があった。英国は第二次世界大戦後、早期に原子力発電を開始した国の一つであり、古い炉が多い。現在運転中の9基のうち8基は英国独自の改良型ガス冷却炉(AGR)、1基が加圧水型炉(PWR)である。8基のAGRは2028年までに閉鎖予定であり、1995年に運転開始したPWRを最後に、英国ではヒンクリーポイントC原子力発電所の建設が始まるまで、約30年にわたって原子力発電所の新設がなかった。世界の主流となったPWRや沸騰水型炉(BWR)でなく、AGRという独特の炉型を主力としていたこともあいまって、この間に英国国内の民生用原子力サプライチェーンが衰退し、現在は、原子炉圧力容器などの重要部材を自国内で製造できなくなっている。ただし、英国は核保有国であり、またロールスロイス社が原子力潜水艦を建造するなど、軍事面での活動は続いており、原子力利用技術の火が完全に消えてしまったわけではない。今、世界の大型炉では第三世代よりも、さらに安全性を向上させた第三世代+(プラス)の原子炉が順次運転開始している。また新技術としてSMRの市場投入、革新炉の開発に期待が高まっており、英国では、これを機会ととらえ、自国の民生用原子力産業復活に期待を寄せている。
   英国は従来、原子力発電拡大の是非と規模に関する判断を事業者に委ねており、政府として具体的な見通しは示してこなかった。現在においても原子炉新設を計画するのは事業者であり、政府が建設を命じるわけではない。しかし、原子力開発が低調となった2000年代からの経験を踏まえ、英国政府は、「2050年ロードマップ」で行ったように、政府として時期と規模のはっきりとした見通しを立てて、産業界や市場に方向性を示すことが、事業者が建設計画を決定・推進し、また原子力を支えるサプライチェーンを国内に再び生み出す上で重要と考えるに至った。
   英国では試行錯誤を経ながら、制度設計と見直しを繰り返している。試行錯誤という語が示すとおり、前述のCfDやRABといったこれまでの支援策が、必ずしも上首尾に進んでいるわけではない。他国に先行して制度を開始するとなれば、成熟度が低い分たびたび見直しを迫られる。しかし、英国がこうした取り組みを積み重ねて道を拓く努力をしていることは確かだ。
   本稿ではここまで主に英国の原子力政策について述べてきたが、上述の姿勢は原子力に限らない。英国のCfDによるエネルギー支援は、原子力より先に再エネを対象に始まったもので、ここでも基準価格(ストライクプライス)の設定などその運用に四苦八苦している。それでもなお、EUはじめ日本を含む電力市場を自由化している国や地域で、どのように再エネや原子力といった低炭素電源を支援していくのかを考えていくにあたって、制度設計の先駆者である英国の状況は、必ずといっていいほど参照される。
   なお、英国の天然ガス政策についても付言しておきたい。本稿冒頭に示したとおり、英国では北海の既存ガス田などの生産量低下を見込んでいたが、2022年の「エネルギー安全保障戦略」では、短期的施策として、過去数年間保留されていた北海でのガス田探鉱を再開し、新規の設備投資に対して大幅な税控除を講じるなど、開発を支援する方針を示している。その一方で天然ガスの生産に伴う超過利益に対し課税(税率25%)し、市民の光熱費補助に充当するなど、天然ガス生産事業者にとってアメとムチの両面を持つ。長期的視野では再エネ、原子力、水素の導入を加速するが、短期的には英国領海内の天然ガス資源も最大限に活用する方針である。
   英国には、自国が利用し得る資源と手段をフルに活用し、そのためにはある程度の「制度の失敗」も許容し、道を拓こうとする姿勢としたたかさがみてとれる。エネルギーを巡っては当面、不透明な情勢が続くと推測されるが、今後も英国は、再エネや原子力をはじめとするエネルギーに関する制度設計で羅針盤のような役割を果たしていくと推測され、注目される。

さいごに:日本への示唆
   日本と油田やガス田を持つ英国とでは、国産エネルギー資源の利用可能性の点で大きく異なるものの、両国にはともに島国といった共通点もある。島国には制約も多いが、他国と陸続きではないがゆえ、独自の選択をしやすい側面もあるだろう。日本は東アジア地域の島国として、地域における自国の安全保障上の立ち位置を見極めながら、日本にとって最適なエネルギーミックスを追求する必要がある。日本の場合は、まず福島第一原子力発電所事故後、運転を停止している原子力発電所の再稼働を進めつつ、液化天然ガス(LNG)など当面必要な化石燃料についても確実に確保しなければならない。こうした足下でのエネルギー確保を進めながら、再エネや革新炉などで、電力に加え熱などにも脱炭素の範囲を拡げ、カーボンニュートラルへの歩みを進めていく必要がある。こうした流れを支えていくために、どのような政府支援が必要なのか、短期と中長期それぞれに適した、大胆かつ柔軟な対応が求められる。

[1]英国における天然ガス火力による発電電力量は2012年が約1,002億kWh、2021年が約1,235億kWh。

【参考文献】
● 英国政府、「民生原子力:2050年へのロードマップ」(2024年1月)
https://assets.publishing.service.gov.uk/media/65c0e7cac43191000d1a457d/6.8610_DESNZ_Civil_Nuclear_Roadmap_report_Final_Web.pdf
● 英国政府、「英国エネルギー安全保障戦略」(2022年4月)
https://www.gov.uk/government/publications/british-energy-security-strategy/british-energy-security-strategy
● 国際エネルギー機関(IEA)World Energy Balances 2023
ほか

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